2007年1月10日 (水)

「新しい歴史教科書」精読(2)日韓併合

さて「新しい歴史教科書」の精読ですが
複数の文献から共通して「ここが問題点だ」と捉えられている部分をテーマごとに読んでいきたいと思います。まずは最もデリケートな問題になりやすい近現代史から手をつけていきます。

参考にしたのは以下の文献です。

●自由主義史観系
・歴史教科書を格付けする(藤岡信勝:徳間書店)
・新しい歴史教科書「つくる会」の主張 (西尾幹二:徳間書店)

●右翼系
・「新しい歴史教科書」の絶版を勧告する(谷沢永一:ビジネス社)
 こちらはフジサンケイグループとつながりが強いようですね。
 どちらかと言えば擁護に回ってもよさそうなものですが。。。

●左翼系
・ここが問題「つくる会」教科書(大月書店)
 共産党系です。
 社民党系=日教組 共産党系=全教組と言われていますので、
 全教組の批判として読めるようです。
・歴史教科書 何が問題か 徹底検証Q&A(小森陽一、坂本義和、安丸良夫編:岩波書店)
 小森陽一東大教授は高橋哲哉教授などと親交が深いようです。社民党系と言えます。
 日教組とつくる会とが最も鮮明な対立構造を形作っていますから、これを基準にして批判意見を紹介していきましょう。

●ノンポリ系
・どうちがうの?新しい歴史教科書VSいままでの歴史教科書(夏目ブックレット)
 総講評の大月隆寛さんは当初「つくる会」のメンバーだったようです。
 現在は袂を別にして批判を行っているようです。
 著者が他に7人ほどいまして経歴は多種多彩ですが、純粋に右派、左派となるような方はいません。

さて一回目のテーマは「韓国併合」といたします。
「新しい歴史教科書」五章一節 P240です。

日露戦争後、日本は韓国に韓国統監府を置いて支配を強めていった。
日本政府は、韓国の併合が、日本の安全と満州の権益を防衛するために必要であると考えた。
イギリス、アメリカ、ロシアの三国は、朝鮮半島に影響力を拡大することをたがいに警戒しあっていたので、これに意義を唱えなかった。
こうして1910(明治43)年、日本は韓国内の反対を、武力を背景におさえて併合を断行した、(韓国併合)
韓国の国内には、一部に併合を受け入れる声もあったが、民族の独立を失うことへのはげしい抵抗がおこり、その後、独立回復の運動が根強く行われた。
韓国併合のあと、日本は植民地にした朝鮮で鉄道・灌漑の施設を整えるなどの開発を行い、土地調査を開始した。しかし、この土地調査事業によって、それまでの耕作地から追われた農民も少なくなく、また、日本語教育など同化政策が進められたので、朝鮮の人々は日本への反感を強めた。

これについて加えられている批判を上の書籍から拾っていたのですが、具体性に乏しく、また書き方が愚痴っぽくてどこが問題なのかわかりにくいものとなっています。
ともあれ「歴史教科書 何が問題か 徹底検証Q&A」の批判意見を紹介しましょう。

韓国併合について、第五章「世界大戦の時代と日本」の中で書いている。
しかし、それは、条約改正と並んで明治日本の大きな課題であったし、日露戦争の帰結でもあった。
第四章「近代日本の建設」の日露戦争に続けて書くべきである。

つまり「順番変えろ」ということですね。

併合について、「イギリス、アメリカ、ロシアの三国は、朝鮮半島に影響力を拡大することを互いに警戒しあっていたので、これに意義を唱えなかった」というのはおかしい。
ロシアが意義を唱えなかったのは、戦争で負けたことが大きい。

重箱の隅つついてますね。

あと、検定に通る前の記述について、重箱つつきが少しありますが、世に出回らなかったものをどうこう言うのも何ですので取り上げますまい。

日教組側の批判は何と言うこともなく弱いものでした。全教側に立った「ここが問題「つくる会」教科書」はどう批判しているでしょうか?

扶桑社版教科書旧版の「指導書」では、ロシアに南下の意志があり、韓国内には親ロシア派がいたとして、「併合以外の道」が「現実的ではなかったことを教える」としています。
これは、具体的な事実をぬきに勝手な解釈をおしつけるものです。


と批判しています。
ではその「具体的な事実」とは何でしょうか?
記述を読んでみましょう。

日清戦争の結果、韓国への清の影響力を排除した日本は韓国への支配を進めようとしますが、韓国では反日の動きが高まります。この事態に、在韓公使も関わった日本人の勢力が、親日政権をつくろうとして親露派の王妃閔妃を虐殺する事件を起こします。親日政権作りには失敗し、韓国政権はロシアに接近をし、ロシアが韓国への支配を強めてくると、韓国内では日本からもロシアからも自立した国作りを進める動きがおきていきます。日露戦争は韓国の支配をめぐる日本とロシアとの争いでした。日露戦争で韓国からロシアを排除した日本は、外交権を奪って「保護国」とします。こうした日本の支配に対抗して、義兵運動という武器をもった抵抗運動が強まり、その一員であった安重恨によって韓国統監であった伊藤博文が射殺される事件が起こります。日本は、義兵運動を軍隊の力でおさえつけ、1910年に韓国を併合します。
こうした事実をたどってくると、ロシアに対抗して日本の支配を強めていったことに対し、韓国の人々の抵抗がはげしくなるなかで、日本の支配をさらに強化・徹底する手段として韓国併合が行われたということが見えてきます。扶桑社版教科書は、この経緯にはまったく触れないで、ただ「ロシアの驚異」を強調するのです。

くどくどと書いていますが、韓国のみに多大な字数を費やすのでなければ
「韓国の国内には、一部に併合を受け入れる声もあったが、民族の独立を失うことへのはげしい抵抗がおこり、その後、独立回復の運動が根強く行われた。」
という記述は妥当なものだと思います。
要するに、「日本が悪逆非道だったともっと書け!」と思っているけどまさかその通りには主張できないのでくどくどと要点のわかりにくい批判になっているのでしょう。
蓋を開ければ何のことはない弱い批判ですね。

次回は大東亜戦争に至る経緯について述べましょう。

維新政党・新風 街頭演説会 1/14に新宿にて!

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2007年1月 6日 (土)

「新しい歴史教科書」精読(1)

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明けましておめでとうございます。
本年から扶桑社の「新しい歴史教科書」の精読をシリーズとしてやってまいります。
もちろん慰安婦問題も続けます。

さてこの教科書ですが、私がよく行く日韓翻訳チャットの韓国人も名前を知っているほど「悪い方に」有名な教科書なのですが、実際どんなことが記述されているか知っている人は存外少ないのではないでしょうか?
許される範囲内で広くこれを伝えて、これからの日本を担うであろう子供たちへの影響を考えていこうと思います。

さて実際の生徒達向きの文章ではないのですが、西尾幹二さんの「市販本まえがき」を引用させていただきます。
全文引用にためらいがあってずいぶん考えたのですが、素直に感動したのでそのままの形でぜひ紹介させてください。

 本書は,『新しい歴史教科書』を,日本国民に広く読んでいただくために公開した市販本である。
 この教科書についてはかねてより,一部のマスコミなどが一般国民のとうてい容認しがたい行動を展開してきた。すなわち教科書の内容は国民に知らされていないのに,新聞だけが気ままな批判にふけったのである。また,韓国や中国が平然と反発したり,修正要求をしたりしてきた。新聞に書く特定の人や外国人は,この教科書について自分の意見を自由に述べることができるのに,日本の国民は自分の眼で読み,自分の頭で判断することが許されていない。これは不自然であり,不健康な状態である。
 国の内外でこれほどまでに熱っぽく議論される問題について,国民に基本的情報さえ与えられていない現状は,著しく公正を欠き,民主主義社会の要件を満たしていないとわれわれは考える。
「知る権利」の当然の行使とみなされてしかるべきである。
 他方,検定済み教科書は八種あるにもかかわらず,われわれの教科書のみを標的にして,政治的な誹誇・中傷が大新聞の紙上やテレビ・メディアでほしいままに展開された。本書をターゲットにした特定政治勢力からの批判本はすでに四種を数える。ところが,肝心の教科書の現物が公刊されないでいる間,悪罵ばかりが独り歩きして,われわれは現物を提示したうえでの反論ができない。これは,本教科書の執筆者や発行者の名誉に関わる重大問題である。このことは,まず言論の自由の問題であり,執筆者や発行者の基本的人権が脅かされている問題である。
 この教科書をターゲットにした批判は総じて叙述の細部に向けられている。しかし,文章の叙述は全体の流れにその生命がある。
令体を無視して,部分だけとりあげてあげつらうなら,正しい批判にはならないだけでなく,不当な意図的攻撃に終わりがちであるレ事実そのような不当な批判が大部分だった。これに反論するのに細部の議論をもってすれば,全体を知らない一般読者には水かけ論に見える危険がある。やはり叙述の全体をもって反論にかえさせていただくのが健全であり,この教科書にはそれに耐える内容が備わっているという自信をわれわれは有している。
 民主社会の言論においてはすべての反論権が認められなくてはならない。われわれは日本の市民社会に本書を静かに提供する。
これがわれわれの反論であり,愚かな批判をむなしくする有効なカウンターパンチ

それゆえ市販本を公刊することはわれわれの義務であるとともに,国民の側にとってはである
 各都道府県における教科書採択の進行中の教科書の出版は採択の現場に予断を与える,という奇妙な議論があるが,それなら採択の開始前からの一教科書へのマスコミの誹膀・中傷は,採択の
現場に予断を与えないというのであろうか。情報公開が広く求められている現代社会で,公権力による閉ざされた採択は,既成の教科書出版社を保護し,不公正を新たに招く可能性がある。教科,llの市販は,開かれた自由競争に基づく公正な採択を促す公共の精神に一致する。
 われわれ以外の七社の教科書も,ぜひ市販本を出していただきたい。国民はそれらをも「知る権利」がある。各社の教科書を簡肌に書店で手にし,比較し,議論する自由は誰にも保証されなくてはならない。教科書の採択は密室にこもるのではなく,公開の場で広く国民の討議に委ねられるべきである。採択権者がその声を静かに耳にし,判断を下すことは,採択の現場を混乱させるどころか,民主社会の要件である公開の精神に立脚した,独占排除の公正の感覚をより一層助長するものであるとわれわれは信じている。

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