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2008年6月29日 (日)

林教授の新発見-旧海軍の意図は?

Hayasi

共同通信の以下の記事をご紹介します。
敗戦後、慰安婦を看護婦に  旧軍の命令、文書で初確認

 第2次大戦での日本の敗戦直後、旧海軍が日本人慰安婦を、軍病院の補助的な看護婦として雇用するよう命じた通達が19日までに、連合国側が暗号解読して作成した英公文書で判明した。研究者らは、慰安婦が看護婦に雇用された際の身分が軍属だった可能性が高いとみている。敗戦時に軍属雇用するという配慮から、軍が戦中に慰安婦管理に事実上深くかかわっていたとする見方を補強する貴重な史料としている。

 従軍慰安婦問題では、政府の謝罪や補償の根拠となる当局の関与の度合いが問題となっており、今後の議論に影響を与えそうだ。「看護婦」とすることで、当局が慰安婦の存在を連合国側から隠ぺいしようとした可能性も指摘されている。

 慰安婦を看護婦としたことは元兵士らの証言や、オーストラリア人ジャーナリストの著書の中で出典不明で紹介されたことがあったが、その命令が原文に近い形で確認されたのは初めてとみられる。関東学院大の林博史教授(現代史)が英国立公文書館で発見した。(共同)2008/06/19 18:21   【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/200806/CN2008061901000625.html


戦争中違法でも何でもなかった慰安所についてこれ以上突っ込んで何になるのか知りたい所ですがこの問題を放置していてもいいとは思えません。
そもそも旧軍に冤罪の可能性がある事を考えると、全文を公開しないままで印象操作的に悪者扱いをまず行うなどは研究者としてとんでもない事なのですが、この教授にはそんな正論は通じますまい。
現状できることというのは実はあまりないのですが林教授は年内に「既刊戦争責任研究」において全文を紹介すると言っておられますのでそれを待つ事にいたします。


慰安婦問題の権威、吉見教授の著書を細かく分析していくとトリミングや曲解が非常に多くて暗澹とした気分になったものですがこの林教授の研究もそういったものだと思っています。

今回はこの話についての「るーた」さんのご意見を書き記させていただきます。

「るーた」さんは私がmixiで知り合った方でして、関西で福祉の仕事に携わっておられます。
ご職業がらお年寄りの貴重な表現を聞かれる事が多く、るーたさんご自身はお若いのですが語り部のように話を聞かせてもらっています。

ああ、この話し前元従軍看護婦から聞きましたよ。 
慰安所退職後の職業訓練の一環で、色々と仕事を教えてたらしいです。
けど、慰安所の仕事は給料が高いので、世間の仕事をするのがバカらしくなるらしくて、

多数の慰安婦は、なかなか看護婦のいうことなんて 聞かなかったらしいですけどね。。。

俗にいう看護婦見習いですよ。。。
看護婦について仕事をするんです。
当然、文盲者には文字を教えるところから入ったそうです。
記録が出来なきゃ、外の世界へ出た時に雇ってももらえませんからね。。。
しかし慰安婦というのは、非番には買い物へ出かけたり、兵隊と歌を歌ったりして遊んだりとかなりの自由があったらしいので、なかなか自主的に参加したいという人はいなかったようですね。。。 
看護婦という仕事は、当時はよりハードで重労働ですからね。。。
しかし、慰安婦だったというより看護婦だったというほうが、帰った後のことを考えると良いわけで、そう言って参加を促していたという話を聞きますよ。。。
朝鮮人や支那人に「自分の今後の人生や親兄弟や親戚のことも考えなさい」と言っても「帰ったらまた、親は私を他へ売り飛ばすに決まってる」 「もう故郷には帰りたくない。このまま死んだほうがマシ」と言っていたとか。。。

その癖、親に手紙とお金を送っていたようで「その矛盾した行動が全く理解できなかった」と聞きましたね。

もちろんこの証言は又聞きですし、検証も全くしていません。
まあしかし、徳川侍従長の発言メモの時の日経の報道を見ていますと、大新聞社でさえも裏を取った報道をせずに許されるようですから市井の個人が同じ事やっても差し支えありますまい(笑)。


みなさんはこの証言を聞かれてどう思われたでしょうか?
私はこの報道を聞いたとき最初に思ったのは
「ああ、恩給が出るように計ってやったのだな」という事でした。
そしてるーたさんの発言を読ませてもらって「なるほど、終戦後も身が成り立つように便宜を計ったのだな」とも思いました。
林教授はこれを「連合軍から問題を隠そうとしたのだ」などと頓珍漢な解釈をしておられますが、違法でも何でもなかった慰安所の存在をなぜ隠さなければならないのか(笑)。

リベラルの方は清廉潔白の方が多いのか、この問題について「日本軍は悪の軍隊だったのだ」という資料を一生懸命探してこられます。
ある意味当たり前の事です。誰しも目を背けたい男性のどうしようもない本能の問題に向き合った軍隊が旧日本軍だったのですから。
汚れ仕事に手を染めた旧日本軍の指導部があったからこそ今中国には混血児の存在がほとんど確認できないのではないのですか?
目を背ける事は簡単でした。
旧ソ連軍のように暴行掠奪を黙認しておけばよかったのです。
監督不行届の誹りは免れませんが、そうすれば通常の戦争犯罪という問題にしかなりません。

しかし日本軍はそれをしなかった。
性病、防諜、強姦防止の三点を解決するために敢えて汚れた仕事に手を染めたのが上海派遣軍の岡部、岡村両参謀だったのです。
リベラルの方たちはこの画期的な発案に対して全く評価をしないどころか不備な所を見つけては大喜びしておられます。
そんな人にいつも自分は「貴方が上海派遣軍の司令官だったらこの【防諜、性病、強姦】という、進駐につきまとう問題をどう解決できるのですか?」と尋ねます。
おおむね茶化した返答が帰ってきますが中には真面目に「撤退しかない」と答えをもらうこともあります。
性病を、強姦を予防できないから勝ってる戦争を退却しようなんて軍隊がどこの世界にいるものですか。

最後はるーたさんのこんな言葉で終わります。この問題の本質は新聞などでは得られません。目を背けたい問題の本質はひそやかに現れます。

一つ気をつけなければいけないのは、この娼婦たちは、生活苦から保護者に売り飛ばされてやって来ていたわけです。。。 
儒教価値観から親や親戚等に対して向けられない怒りのやり場を、日本や日本軍という今の誰もが忌む存在へ向けるしかない。。。 
ということも考慮に入れるとより現実的かと思います。
そうでなくても、彼女たちは日本軍の協力者とされて、親兄弟・親戚・友人にまで、侮蔑されて苦しい時代を細々と生きてきたのですから。。。



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