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2008年5月18日 (日)

チベット関連ニュース:中国情報局4/28~5/17

カルフール幹部「中国人の愛国心は理解できる」 
2008/04/30(
) 10:21:21更新

   フランス系スーパーマーケットのカルフールに対する不買運動が中国で起きたことに絡み、同社中国法人のGean Luc Lhuillier副社長は28日、新疆ウイグル自治区ウルムチ市で記者会見を行い「フランスで実施された聖火リレーで妨害行為が起きたことは遺憾であり、怒りを覚える」と語った。28日付で新華社が伝えた。
  また同副社長は「オリンピックは全人類のものだ。聖火リレーの妨害はオリンピックの精神に反するし、中国人を含めた全人類の感情を傷つけることになる」と批判した。そして「中国人民の愛国的情熱は理解できるが、当社はチベット独立を含めいかなる非合法の活動も支援したことはない」と語った。(編集担当:麻田雄二)

こういった都合の良い外国人の意見だったら報道されるようですね。(笑)
まあ、副社長商売大事ですから。

「中国製品はガラクタ」発言 サッカー選手が激怒 
2008/04/30(
) 11:19:29更新 
  米CNNのコメンテーターが「中国製品はがらくた」と発言したことに絡み、サッカーのイングランド・プレミアリーグでプレーした経験のある中国出身の李鉄選手(30、写真)は「理性がある人が聞けばでたらめな話だと分かると思う。また正義感がある人ならば反感を覚えるだろう」と批判した。30日付で騰訊体育が伝えた。
  李選手はMFとしてシェフィールドに2年間在籍したが、活躍のチャンスには恵まれなかった。このため2008年は四川省の成都謝菲聯(Chengdu Blades)でプレーしている。
  コメンテーターの発言に対して李選手は「英国滞在中に使った製品は多くが中国で作られたものだったので、中国人でいることに誇りに感じた」と述べた。
  一方、チベット騒乱などをめぐる外国メディアの報道について「誹謗や中傷が行われており、非常に憎らしい」「私の仕事は国を愛することだと考えている。我々は団結せねばならない」と語った。(編集担当:麻田雄二)

中国人は「問題があるから指摘を受けるのだ」と考えることはできないのでしょうか?

人民日報「チベット問題は宗教ではなく、分裂問題」
2008/04/30(
) 11:36:57更新 
  中国の新聞「人民日報」は29日、署名入りの文章を発表し、「チベット問題はいわゆる『宗教問題』ではなく、中国を分裂させる問題だ」と指摘した。
  この文章は「ダライ・ラマ集団がチベット問題に注目するよう国際社会によびかけ、『チベットには宗教信仰の自由がない』と訴えたが、実際の状況はそうではない」と指摘したあと、「現在チベットには各種の仏教寺院が1700箇所あまりあり、4万6000人の僧侶がいる。宗教行事は正常に行われ、信者たちの生活も非常に豊富多彩である。過去20年あまり、政府は累計して7億元あまりの資金を拠出し、寺院や経典の修繕・保護を行ってきた。こうした事実が証明するように、チベット問題の本質は独立であり、国を分裂させることである」と述べている。 

チベット内での宗教弾圧の実体は調べ切れていないので判断を留保しますが、独立など全く許さない雰囲気だけが確かなことですね。

チベット暴動で初の判決、僧侶ら3人に無期懲役 
2008/04/30(
) 13:02:27更新
  新京報などによると、ラサ市中級人民法院(裁判所)は29日、3月14日に発生した暴動にかかわったとして、無期懲役3人など、被告30人に有罪判決を言い渡した。
  無期懲役の判決を言い渡されたバサン(バーサン)被告は僧侶で、他の僧侶5人を含む10人を率いてラサ市徳慶県の人民政府を襲撃。他に、商店11店舗で放火、警備員に対する暴行、略奪などを行ったとされた。バーサン被告に率いられた僧侶は最低でも懲役15年の有罪判決となった。
  無期懲役の3人以外に、7人に懲役15年以上、20人に懲役3-14年が言い渡された。被告は10日以内に上告できるという。
  中国政府はこれまで、暴徒の襲撃で死者が出たと発表したが、初回の判決で殺人罪の適用はなかった。
  写真は判決を言い渡される被告。中国は当局が重要と判断した場合、法廷内の様子が写真や動画で公開される場合がある。(編集担当:如月隼人)

思ったよりは寛大な刑ですね。
これはやはり国際社会が注視していることがこうさせているのでしょう。

チベット独立「検索できません」 原因は法律に抵触 
2008/04/30(
) 14:10:44更新  
  中国で百度(Baidu)などの主要ポータルサイトを通じて「カルフール」や「チベット独立」といったキーワードを検索すると、情報が表示されない状態が続いている。30日付で京華時報が伝えた。
  ネットユーザーから29日に同紙に連絡があった。同紙記者が「カルフール」という単語を検索すると「お探しの情報はありません」といったメッセージが表示された。
  同紙の取材に対して百度などの担当者は「最近2日間に渡ってこうした指摘が寄せられているが、原因はよく分からない」と答えた。更に北京市公安局(警察)に問い合わせたところ、関係する法律に抵触するのでブロックされたと判明した。写真はチベット騒乱で燃やされた自動車。(編集担当:麻田雄二)

何を今更わざとらしく。(笑)

【今日のブログ】ソウル聖火リレーの応援に駆けつけて
2008/04/30(
) 19:56:41更新  
  27日午後、韓国ソウル市で北京五輪の聖火リレーが行われた。報道によると、当日は数千人の中国人が集結したという。さて、このブログはソウル市で行われた聖火リレーに駆けつけた中国人留学生が当日の感想を自ら撮影した写真とともにアップしたものである。以下はその話題のブログより。
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  今日はソウルで北京五輪の聖火リレーが行われる日だ。韓国に留学している中国人学生たちは、この日のために様々な準備を行ってきた。私もその留学生の一員として1週間前から準備に参加していた。
  我々はまず、スローガンを書き込むための美術用画板紙を購入、二日ほど徹夜して中国語・英語・韓国語でスローガンを書き込んだ。また、中国地図とともに「チベットは中国の領土である」と書き込んだほか、「全ての反勢力は張子のトラである」と毛沢東語録の一文も書き込んだ。
  聖火リレー当日、早朝から雨が降っていたが、我々は五星紅旗を手に持ち、真っ赤なTシャツを着てリレー地点へと出発した。正午ごろにリレー地点に到着したのだが、現場にはすでに多くの華人が集結しており、まるで真っ赤な海のようであった。また、華人だけではなく、多くの外国人も聖火リレーの応援に参加していた。
  韓国での聖火リレーは午後2時のスタートであったが、スタートの時間が近づくにつれ、雨は上がり空は晴れ上がった。しかし、すでに2時を過ぎているにもかかわらず、聖火リレーはスタートしなかった。後で知ったことであるが、リレーの開会式の最中に「チベット独立分子」や韓国側組織による妨害が発生したためだという。
  午後3時ごろ、ようやく聖火リレーがスタートした。先頭車両に率いられた聖火ランナーが見えるや否や、周囲の興奮は頂点に達し、我々は力の限り「中国がんばれ」と叫び、応援した。リレーの最中も「チベット独立分子」や「韓国人権協会」などによる妨害があったが、それは逆に我々の団結を強める結果となった。
  現地時間7時、聖火がゴール地点であるソウル市庁舎前に到着した。ソウル市庁舎前は赤のTシャツや五星紅旗によって真っ赤に染まり、集まった華人たちは各々のスローガンを大声で叫び続けていた。ソウルでの聖火リレーは終了したが、オリンピック精神に終わりはなく、聖火も消えることなく燃え続け、オリンピックが「平和の祭典」であるという趣旨も変わることはない。「ひとつの世界、ひとつの夢」という北京五輪のスローガンはこれからも、世界に響き続けるだろう。

独立分子の妨害に負けずにひたむきに聖火を守ったと。。。。
長野入りした友人の話だと、どう捉えても中国留学生が独立派を挑発していたのですが、これが中国国技の被害者プロパガンタという奴でしょう。
日本人は今更驚いてはなりません。

【今日のブログ】愛国とは何か、中国人の冷静な考察 
2008/05/01(
) 20:16:00更新
  各国で発生した北京オリンピック聖火リレーに対する妨害やCNNキャスターによる暴言など、カルフール不買運動やデモ活動に見られるように中国ではいわゆる「愛国運動」が激化している。このブログではなぜ世界的に反中国の動きがあるのか、愛国心とは何かと言うものを考察したものだが、ブログを見たユーザーからは「おまえは中国人ではない」「売国奴め」などの罵りのコメントが殺到していた。以下はその話題のブログより。
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  最近、マイクロソフトのメッセンジャーを使って、愛国心を表現する動きが始まっている。メッセンジャーで自分の名前の後に、「ハート」と「china」を付け足して愛国を表現するというものだ。統計によると、この動きはすでに200万人以上に広がっており、その数は増え続けているという。
  この愛国表現は、国際的なチベット独立運動とオリンピック妨害行為に対して生まれたものであり、カルフール不買運動に見られるように、愛国心あふれる人々による行動は過熱している感も否めない。カルフール不買運動は波紋を広げているが、外交部の姜瑜報道官は「不買運動は中国人民の意見と感情が反映された行為であり、その発生には当然原因がある。フランスはなぜこのようなことになったのか深く考え、反省するべきである」と発言した。
  しかし、私は中国人民は法に基づいて、合理的な方法をもってフランスに訴えていくべきだと信じている。確かにフランスは反省するべきであるが、中国人民は反省する必要がないというのか。なぜあれほど多くのフランス人がダライ・ラマを支持しているのか、なぜ3000人もの警察官を動員しても五輪聖火を守ることができなかったのか、なぜ西側の高等教育を受けた人々がダライ・ラマを支持するのかを考えるべきではないだろうか。
  オリンピック関連のPRにおいて、またしても中国は西側メディアに対して無知をさらけ出してしまった。最近の西側メディアに見られる態度は、中国に対する積年の怒りが爆発したものであり、新型肺炎SARS隠蔽問題に代表されるように、中国政府は西側メディアの信頼を得ていない。SARS発生当時、政府は北京での発生はないと発表していた。しかし、結局はごまかしきれなくなり、衛生部の部長に責任を転嫁し、首を切ったのだ。
  また、中国の怒りの矛先はCNNにも向けられている。確かにCNN発言は許容できるものではないが、過去50年間に中国で発生した「反右派」や「文化大革命」などの大事件に関して、中国政府は謝罪や反省の意を表したことは一切ない。時間が経てば忘れるだろうというやり方は、西側からは強盗や暴徒と同様と見られるのである。
  中国が民主的で自由公正の国になれば、何もしなくても自然と尊敬を集めることができるだろう。理由もなく我々を目の敵とする人などいないのだから。
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(出典:張眼看世界BLOG意訳編集) 

この程度の意見を言っただけでもブログが炎上してしまうのが中国ですね。
サーチナはさすがに在日中国人が経営しているだけあって、基本は人民日報と変わらないにしてもまだしも現実が見えているということかと思います。
ネットの世界で多数派に逆らって意見を言うのは勇気が要りますが日本でここまでの事はありません。
ところでここで紹介されている「張眼看世界BLOG」が閉鎖に追い込まれていないかと気になって探してみたのですがおそらくここだと思うのですが写真ばかりですね。ブログのコンテンツはどこにあるのでしょうか。
http://waikit.judithcheung.com/index.php

香港で聖火リレー始まる、第1走者は「風の女王」
2008/05/02(
) 13:42:10更新
  2日付中国新聞社電によると、香港で同日午前10時ごろ、中国国内初となる北京五輪の聖火リレーが始まった。
  第1走者は1996年の五輪アトランタ大会のヨット競技ミストラル級で、香港人として初の五輪大会の金メダルを獲得した元選手の李麗珊さん。李さんには「風の女王」との呼び名がある。
  香港での聖火リレーは、全長26キロメートルのコースを8時間かけて走破する予定。当局は、リレーのコースから離れた場所でのチベット問題などに関する中国への抗議活動を認めている。(編集担当:如月隼人)

離れた場所では抗議を認めているから民主的だろって言いたいようですね。(笑)

ラサ暴動裁判、被告の合法的権利を尊重 
2008/05/02(
) 14:48:24更新
  チベット自治区ラサ市中級人民法院(地裁)は4月29日、ラサ暴動にかかわった一部の被告に対して判決を言い渡した。中国国際放送局によると、この裁判は中国の関連法律に基づいたものであり、法律の尊厳性と被告人の合法的権利を十分に守っているという。
  放火罪、強盗罪、業務妨害罪、窃盗罪などに問われた被告30人は、一審でそれぞれ3年から30年までの有期刑や無期懲役に処せられた。また、裁判では31人の弁護士が33回にわたって出廷し、被告30人の弁護に当たったという。写真はチベット暴動によって破壊された商店の様子。

中国が人治国家とはよく言われる事ですが「そうじゃないんだよ」とアピールしてますね。
信じる気はさらさらありませんが、法体系があるのだったらぜひとも調べてみたいですね。


【今日のブログ】NYで行われたCNN抗議デモに参加して
2008/05/03(
) 20:16:06更新
  先日、米テレビ局CNNのキャスターが番組中に中国と華人に対して暴言を述べたとして、世界中の華人は激しく怒っているという。このブログはCNNに対するデモ活動に参加したニューヨーク在住の華人によるものだが、ブログを見たユーザーからは「中国人として尊敬する」「あなたの行動は全ての華人に支持される」などのコメントが寄せられていた。以下はその話題のブログより。
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  西側メディアの中国に対する侮辱発言と、チベット問題に関する事実を歪曲した報道に抗議するため、世界中の華人が行動を起こしている。ニューヨーク在住の華人たちの我慢も限界に来ていた。
  4月21日、CNNキャスターによる中国侮辱発言に抗議するため、マンハッタンにあるCNNビル前においてデモ活動を行なうことになった。民主主義とは何かを勉強させるため、2人の娘も連れて行くことにした。
  通知の上ではデモ活動は午前11時スタートであったが、私が現場に着いた時は周囲はとても静かで、これからデモが始まるようには思えなかった。デモのスタート地点は「新チャイナタウン」であったため、近くのデパートで時間をつぶしていたところ、パトカーのサイレンが聞こえてきたため、外へ出てみたところデモ活動がスタートしていた。
  ニューヨークの風はまだとても冷たかったが、集まった華人たちはスローガンと国旗を掲げながら、抗議のビラを配布していた。また、我々は「祖国」を大声で合唱したり、「中国人は辱められない」というスローガンを叫びながら行進した。
  今回のデモ活動の目的はCNNのキャスターによる中国侮辱発言への謝罪とキャスターの解雇を求めることであり、CNNに対して中国人を罵ることはできないということを知らしめるためである。
  今回と同様のデモ活動はこれからも行われることになっており、北京オリンピックの支持と同時に、CNNへのロビー活動も継続される。5月4日には最大規模のデモ活動が行なわれることになっており、事実を歪曲した報道の是正と中国人への謝罪を求めるため、私はこれに必ず参加するだろう。
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(出典:黄月亮紅月亮BLOG意訳編集)

何度も言いますがこの人達は自省するということができないのでしょうか。。。。 

チベットの人口、半世紀で2.8倍に増加 
2008/05/05(
) 14:10:31更新
  チベット自治区統計局の統計によると、半世紀の間にチベットの人口は2.8倍に増加した。中国国際放送局が伝えた。
  統計によれば、1950年のチベットの人口は100万人程度だったが、2007年には2.8倍の284万人に増加した。そのうち、チベット族の人口は92%を占めているという。またチベット人の平均寿命は1959年の35.5歳から現在の67歳に高まった。 
  中国政府はチベットに対する資金投入を絶えず増加させることで、チベットに住む各民族の生活条件を改善してきており、チベットの人口は急速に増えているという。

ネット右翼である私は、大戦前の朝鮮半島について「35年で人口が二倍になっている。日本が善政を敷いたからだ。」という意見をよく聞いていました。
「チベット族の人口は92%を占めているという。」というのは大変に眉唾ですがもしこれが現実であれば実は大半のチベット族にとっては共産党の政治になって良い暮らしができるようになったのかもしれません。
宗教的に高潔なものがあっても不衛生で病気=死のような生活をしているのであればこれは果たして幸せなのでしょうか?
今回のチベット暴動も、一部の過激派だけが騒いでいただけなのかもしれません。
とにかく予断をせずに情報に接したいと思います。

中国政府の関係部門、ダライ・ラマ14世の特使と接触 
2008/05/06(
) 14:16:44更新
  中国政府の関係部門の責任者である朱維群氏とシタール氏は5月4日、深センでダライ・ラマ14世の特使、ロディ・ギャリ氏とケルサン・ギャルツェン氏に接触した。中国互聯網新聞中心が伝えた。
  中国政府側は、「現在、チベット暴動はすでに終息し、社会の秩序も正常に戻りつつある。宗教を信じる人々は十分に宗教を信仰する自由があり、人民は安定と発展を望んでいる。事実が示すように中央政府のチベットに関する政策は正しい。各民族が共に努力すれば、チベットの将来はさらに素晴らしいものになるだろう」と指摘した。
  また、中国政府側は、「中国政府のダライ・ラマ14世に対する政策は一貫しており、接触と協議の門戸は常に開いている。2002年以来、数多くの障害を乗り越え、中国政府はダライ・ラマ14世の特使と6回も接触した。チベット暴動は、今後の接触に新たな障害をもたらしたが、中国政府はきわめて根気強く、誠意を持って今回の接触を手配した。中国政府はダライ・ラマ側が言行一致で、祖国を分裂する活動を停止し、暴力活動の画策や煽動、北京五輪の妨害をやめて、次の接触のためにその環境作りをするよう望んでいる」と語った。
  ダライ・ラマ14世の特使であるロディ・ギャリ氏とケルサン・ギャルツェン氏は、関連問題についての考えを述べ、今回の接触の状況をありのままにダライ・ラマに報告すると語った。
  中国政府側はダライ・ラマ14世の特使が提起した問題に答えたうえで、今後の協議について意見を交換し、適当な時期に再び協議することで合意したという。写真はラサ市中級人民法院においてチベット暴動に関わったとして判決を言い渡される被告たち。被告30人が有罪となった。

情報全然違いますね。中国側は中国の言ったことだけを報道、亡命政府側も自分たちの言ったことだけを発表しているようです。
状態としては中国側が八割くらいしゃべってほとんど全ての会話が終わったあとおずおずと亡命政府側も発言したという感じではないでしょうか。

胡錦濤主席の来日は「大局」理解を促す旅となるか 
2008/05/06(
) 14:17:37更新 
中国を読み解く視点(64)-高井潔司(北海道大学教授)
  胡錦濤国家主席が来日した。中国の元首である国家主席の来日は98年の江沢民主席の来日以来だから、10年ぶりということになる。この間、日中関係は小泉元首相の靖国神社参拝問題や反日デモなどで揺さぶられ続けてきた。
  今回の来日にあたっても、農薬混入の中国製冷凍ギョーザ問題などでその実現が危ぶまれ、先送りされた経緯がある。本来ならこの来日で、懸案の一つであった東シナ海の天然ガス田の共同開発問題で合意がなされることが期待されていたが、事前の協議で主張の相違点を埋めることができなかった。今回は来日を実現したことが最大の成果と言えるかもしれない。しかし、それはそれとして意義のある旅でもある。
  胡錦濤主席は来日前に北京で日本人記者団と会見した際、「国と国の関係で様々な問題、食い違いが生じるのは正常であり、重要なのは関係発展の大局を守っていくことだ」と述べた。今回の旅はまさにその実践であり、両国の多くの国民の、“大局”理解を増進する旅であってほしい。
  胡主席の来日前に、筆者は中国のある時事問題専門の雑誌から取材を受けた。質問の一つの柱は、前2代の指導者の日本訪問、つまり78年のトウ小平氏、98年の江沢民氏のケースと比較してどんな感想を持つかという点だった。この質問は、胡主席のいう“大局”を考える上で、極めて適切な質問だと思う。この質問を受けて、以下のようなことを考えた。
  それぞれの指導者の対日観にはもちろん大きな違いがある。しかし、それぞれの来日時期によって、日本と中国の二国間関係、それを取り囲む国際環境、そして何より中国自身の国力が大きく異なっていて、日中間の大局も、来日目的も、大きく違ってくるという点を見逃してはいけない。
  トウ小平氏の来日の際は、文化大革命の混乱によって中国経済は疲弊し、ソ連との対立もまだ険しい状況にあった。トウ小平氏は日本各地の先進的な工場や新幹線などを視察し、その先進的な技術、資本、経営管理導入の必要性を確信する、つまり現在の改革・開放路線に路線転換を図る極めて重要な旅となった。トウ小平氏の率直な人柄もあるが、日本記者クラブの記者会見でも、「貧しい隣人をよろしく」と語り、新幹線に乗っても「前進をせかされている感じがする。われわれは今こそ、前進しなければならない」と感想を述べ、改革・開放に迫られている中国の現実を確認する旅であった。その率直な姿勢が多くの日本国民の共感を得て、トウ小平ブームが起きた。
  トウ小平氏の来日は、改革・開放に転換する78年12月の中国共産党第11期中央委員会第3回総会のわずか2カ月前のことだった。日本訪問から1カ月後、日本の民社党代表団と会見したトウ小平氏はこう語っている。
  「毛沢東主席はもともと自力更生だけでなく外国の援助も積極的に受け入れるべきだと語ってきた。(文革で権力を振るった)四人組は後段の話を捨てて、中国人は何でもできる、外国のものを受け入れるのは西洋崇拝、外国に媚びを売るものだと主張し、物事を台無しにしてしまった。四人組を粉砕しないと、(後段の話)を実現する条件が得られなかった」
  「現在われわれの方針は、出来るだけ多く国際社会の先進的な経験を吸収し、資金や技術を導入し、我々の発展を加速することである」(『トウ小平年譜』1975-1997、中国中央文献出版社)
  以上のような方針に沿って、80年代以降、改革・開放路線が展開され、今日の中国の発展につながったことはいうまでもない。その時期に胡錦濤氏は地方幹部から抜擢され、共産党の青年組織「共産主義青年団」の第一書記となり、将来を担うエリートとしての訓練を受ける。今回、来日にあたってあまり日本のメディアで触れられていないが、1984年、中国が日本の青年3000人を招待した「中日友好3000人交流」の中国側責任者を務めている。日中関係に深い関わりのある人物とも言える。
  これに対して、江沢民氏は、党総書記が失脚するという「中華人民共和国」の存亡さえ危うくなった天安門事件の最中に、急遽、上海から引き上げられた。西側諸国の制裁とソ連・東欧圏の崩壊という四面楚歌の中で、中国の崩壊を食い止め、安定第一を図ることを最大の使命とした指導者であった。スタート自体が守りの姿勢であった。まだ存命中で、影響力のあったトウ小平氏と、その使命に忠実な朱鎔基首相の援護射撃の下で、市場経済を導入し、高度成長を実現した。しかし、98年の来日時、国内環境、国際環境とも安定しておらず、一方で江沢民氏は「愛国主義」を強調することで、内外のさまざまな圧力をかわす一つの手段とした。
  2006年に刊行された『江沢民文選』に、来日前に江沢民氏が中国の海外駐在大使らを前に行った「当面の国際情勢とわれわれの外交活動」という演説が掲載されている。その中でまず国際情勢についてこう分析する。
  「中国は社会主義国家であり、また世界最大の発展途上国として、多極化の中でそれなりの地位と役割を担う」
  「だが、アメリカと西側の大国の一部の人が、わが国に対して、西欧化、分断化という政治的陰謀を放棄することはあり得ない」
  「封じ込め策を使うか関与政策を取るかに関係なく、本質は変わらず、その目的はわが国の社会主義制度を改変し、最終的にわが国に西側の資本主義システムを持ち込もうとする」
  この分析には、被害妄想ではないかと言いたくなるほど強い警戒感が感じられる。この警戒感は、チベット問題をめぐる最近の中国のネット世論に共通するものがある。それはともかく、江沢民氏はさらに日本に関して「中日友好の維持は、周辺地域の安定と経済発展に有利である」としつつも、こう述べている。
  「日本は十字路に立ち、政治勢力の再編はいまだ続いており、経済問題も少なくない。短期内に好転しないだろう」
  「日本の軍国主義者は極めて残忍で、日本の侵略軍の残虐な軍刀によって死傷者の数は3500万人に上っている。戦後、日本軍国主義はいまだ徹底して清算されていない」
  「日本国内には軍国思想で頭がいっぱいという人がまだいる。この問題で、われわれは警鐘を鳴らす必要がある、日本はかつて台湾を50年間侵略占領したことがある。台湾を自身の“不沈空母”に見立てた。つまりこれは日本が最初に言い出し、後にアメリカ人が日本人の衣鉢を継承しているのだ。日本に対して、台湾問題はとことん談判していく必要があるし、歴史問題も徹底的に追及し、永遠に語らなければならない」
  江沢民氏の来日はこうした認識の下に進められたから、どこに行っても江沢民氏は歴史問題への反省を求める演説を展開し、日本の日中友好人士さえ怒らせてしまった。当時私は読売新聞の論説委員で、日本記者クラブで、直接江沢民氏に質問する機会を与えられた。私は江沢民氏に、これまで歴史問題について沢山話を聞かせてもらったが、日本訪問の終了にあたって、「日本の現状についてどういう感想をもたれたか」と水をむけたが、その答えは相変わらず、「歴史を鑑として……」と、歴史問題しか語らなかった。その後の日中関係は、小泉元首相の靖国参拝問題も影響したが、基本的にこの訪問によるボタンの掛け違いが大きく影響した。
  さて、今回の胡錦濤来日をめぐる中国国内の環境や国際環境はどうか。チベット問題に見られるように、中国のネット世論レベルでは、江沢民氏の警戒感あるいはトウ小平氏が指摘した「四人組」の発想から抜け出ていない感がある。しかし、江沢民氏が率いた90年代と比較して、中国の大国化は明確になり、対米関係も安定し、中国が国際社会で「責任大国」として指導力を発揮することが求められている。他方、国内では環境問題、就業圧力、経済格差の増大など難問が山積し、国際社会との経済交流や協力によって解決しなければならない状況にある。
  胡錦濤主席は、日中関係が息を吹き返す安倍前首相の訪中の1カ月前の2007年8月、中央外事活動会議で重要演説を行っている。会議後の人民日報報道によると、胡錦濤主席は、「全面的かつ高度な戦略的観点から、当面する国際情勢の発展、変化の新たなすう勢と特色について分析し、新世紀の新たな段階の良き外交活動の重要性と緊急性について、深くかつ詳しく語り、さらに一歩、外事活動の指導的思想、基本的原則、全体的な要求と主要な任務について明らかにした」という。胡錦濤演説が「新世紀の新たな」「指導思想、基本的原則」とする報道の内容から見ても、江沢民時代の外交戦略を総括し、胡錦濤政権下で新たな外交戦略の転換が試みられたことは疑いない。
  残念ながら、この時の胡錦濤演説の全文は明らかにされていないが、当時の報道によると、以下の五つのポイントを堅持することが強調されたという。
1.外交活動は国内、国際の二つの大局を統括すること。
2.平和的な発展の道を歩むこと。
3.共に利益を得、共に勝利するという開放戦略を取ること。
4.調和の取れた世界の建設を促進すること。
5.人間性の尊重を根本の思想とすること。
  この演説では、もはや江沢民氏のような警戒感は失せ、グローバリゼーションのチャンスを生かし、自国の安定と大国化を実現していこうという積極的な姿勢がうかがわれる。相互理解や世界の多様性、対話が強調され、「広大な幹部、大衆を正確な国際情勢の認識に導き、各国の人民と平等かつ友好的に付き合えるよう導く必要性がある」とも述べている。
  この演説にしたがって、当面する中国外交、対日外交の“大局”を想定してみると、まず国内情勢は引き続き経済発展を必要としており、日本やアメリカなどとの経済協力が不可欠だ。とくにバランスある発展のために、環境保護や省エネ問題で技術力のある日本との協力は欠かせない。また東アジア地域は地域統合の流れが出てきており、その中核となる日中両国の良好な関係維持は大切だ。それは一方的に日本を利用するのではなく、共同利益となる開発戦略となる必要がある。こうした点を大衆世論がしっかりと認識する必要があるということだろう。
  全文が公表されていないのは、江沢民氏ら前政権の幹部や国内の世論の過敏な反応を起こさないよう、配慮したものであろう。江沢民時代と違って、それこそ“大局”を認識する余裕を時代が胡錦濤氏に与えたともいえる。しかし、その一方で、江沢民時代から芽生えた愛国主義の“世論”が胡錦濤氏の「新思考外交」を揺さぶっている。
  今回の胡錦濤氏の旅の焦点の一つは「大衆世論」を「正確な国際認識に導く」旅にできるかどうかであるが、それは決して胡氏だけの責任ではないだろう。トウ小平氏の来日時は、日本側が積極的にトウ小平氏を歓迎し、それが中国国内でも大々的に報道されることで、中国国民の間に、当時の中国の課題を知らせることになった。
  胡錦濤氏は85年、「3000人招待」の返礼として来日したことがある。当時はまだ無名で日本のメディアはほとんど報道していないが、私は偶然、彼にインタビューする機会があった。実はどのメディアも取材しないので、招待団体が読売新聞に取材を要請してきたのである。宿泊先のホテルニューオータニで彼と会った時、私はこの人が将来の総書記になる人物と直感した。話の内容は正確に覚えていないが、質問に対して、立て板に水のようにすらすら、明快に答える。話の内容は公式の域を出ていないのに、まるで自分の話のように無理もなく自然に話していたのが一番印象に残っている。
  インタビューの内容は85年3月7日付3面の「今日の顔」に掲載されている。いまから読み返してみると、何とも稚拙な文章で、よくまあこんな原稿が掲載されたなと思うが、一つの証言でもある。
  書き出しはこう書いてある。「眉目秀麗、才気煥発――近代化に邁進する中国が、まるで二十一世紀の中国の“顔”はこの人物とばかりに送り込んで来た印象がある」。そして中段では「とくに昨年十二月共産主義青年団の第一書記に就任。胡耀邦・党総書記、胡啓立・党書記、王兆国・党中央弁公室主任ら共青団出身者で形成する“団派”人脈に連なり、将来が約束された。もっとも、権力の座をのぼりつめるまでには、まだいくつもの荒波を乗り越えねばなるまい」との予測が書かれている。
  思い出話はそこまでにして、この記事の最後に、胡錦濤氏が訪問の抱負についてこう語ったことを紹介したい。
  「友好往来だけでなく、知識や経験を貪欲に吸収したい」
  80年代の中国の対日姿勢を反映した言葉だが、おそらくその謙虚な姿勢はいまもって彼の“今日”を支えている。江沢民氏とは違った中国指導者のイメージを日本国民の間に広めることができるかどうかにも、注目したい。(執筆者:高井潔司・北海道大学教授)

江沢民時代との比較など、とても冷静に分析されてますね。
今の中国のネット世論が四人組の時代の意識を出ていないなど、中国人の分析では無理ですね。
この高井教授、読売の記者だったということですのでそれほど偏向もしていないと思うのですが読者の方はどう思われたでしょうか?
ともあれサーチナがこの文を載せたのは、「言いにくい事は外国人に言わせとけ」という事じゃないかと観測してます。

首脳会談で日中関係、ギョーザ、チベット問題など協議 
2008/05/07(
) 14:15:19更新
  訪日中の中国の胡錦濤国家主席は7日午前から首相官邸で約2時間にわたって福田康夫首相と会談し、日中関係の今後の方向性や東シナ海のガス田開発、中国製ギョーザ、チベットなどの問題について協議した。中国広播網が伝えた。
  日中関係については日中関係を未来に向かって進めるため、両国の指導者が協力していく必要があるとの考えで一致した。
  東シナ海のガス田開発問題では「大きな進展があり、長年の懸案に解決のめどが立った」、中国製ギョーザ問題については「中国側で捜査を強化し、両国が協力していく」との内容にとどめた。
  またチベット問題ついては中国側から4日に行われたダライラマ14世側との対話について説明を受け、福田首相が「対話の継続を通じて状況を改善し、国際社会の批判を軽減するよう努力してほしい」と要請した。
  胡主席は今回の会談について、率直で友好的な雰囲気の中、意見交換ができたと評価。また、日中関係は新しい歴史のスタート地点に立っているとの考えで福田首相と一致した、と述べた。
  両首脳は会談の後、共同文書に署名した。(編集担当:恩田有紀)

どうも中国は、パンダとガス田を手みやげに日本に媚びを売ったと思われます。
協議の詳細はよくわかりませんが、どうやらガス田による利益を出資額に応じて分配する形を作ろうとしているようですね。ギョーザ問題は相変わらずいなされたようですが。
しかしガス田問題の解決の代わりにチベット問題に口を出さないという事になっているのだったら情けなさ過ぎですが。

胡主席:首相経験者4人と朝食会、小泉純一郎氏は欠席
2008/05/08(
) 10:17:51更新
  来日中の胡錦濤中国国家主席は8日、日本の首相経験者4人との朝食会に出席した。
  首相経験者で出席したのは中曾根康弘、森喜朗、海部俊樹、安倍晋三の4氏。7日の宮中晩さん会に続き、小泉純一郎元首相は欠席した。
  中国新聞社によると、胡主席は4人について、首相在任中は日中友好の発展のために積極的な努力をしたと賞賛したという。(編集担当:如月隼人) 

このニュースでは多くは書かれていませんが、安倍元首相が我々の気持ちを代弁してくれた事は記憶に留めておかねばなりません。

胡錦濤:歴史重視は「恨み」目的ではない―早稲田講演 
2008/05/08(
) 17:56:19更新
  訪日中の胡錦濤中国国家主席は8日午後、早稲田大学で講演を行い、「我々が歴史を重視するのは、日本を恨みつづけるためではない」などと述べた。同講演は中国メディアも注目し、中国国際放送局(CRI)は午後3時から4時半まで、ウエブサイト(URL::http://jp.cri.cn)で生中継した。
  胡主席は、「中日両国人民の友好的往来は2000年以上継続しており、世界史的に見ても奇跡だ」、「相互学習や吸収によりそれぞれの国家を進歩・発展させ、東アジアと世界の文明の宝庫を築いてきた」などと指摘。
  続いて「近代になってから、日本の軍国主義が発動した対中侵略戦争により、両国の友好関係は大きく破壊された。この不幸な歴史は中華民族に深刻な災難をもたらし、日本人民も大きな被害を受けた」と述べた。
  歴史を忘れぬよう強調するのは「いつまでも恨みつづけるためではなく、歴史を鑑とすることで、未来に向かって平和を愛し、平和を維持し、中日両国の人民が世代を超えた友好を保ち、各国人民が太平を永遠に享受するためだ」と述べた。
  今回の来日で、胡錦濤主席は7日昼の福田康夫首相との共同記者会見でも、同日夜の宮中晩さん会でも歴史問題に言及しなかった。北京五輪やチベット問題などで日本側の理解を取りつける必要があることと、一方では中国国内で「歴史問題重視派」が一定の勢力を持っていることを考え合わせ、日本の国民感情をできるだけ刺激しない場所と表現方法を選んだものと考えられる。
  7日に署名された共同声明でも、戦前については「双方は歴史を直視」とだけ触れる一方、「中国側は、日本が、戦後60年余り、平和国家としての歩みを堅持し、平和的手段により世界の平和と安定に貢献してきていることを積極的に評価した」との一文が盛り込まれた。
  胡錦濤政権は前江沢民政権とは異なり、発足から歴史問題で日本への厳しい言及は控える傾向があった。2002年末からは、人民日報の論説委員など専門家が◆日本の戦争謝罪はすでに十分◆日本が再び軍国主義になる可能性はない◆日本を経済大国のひとつと認識し、その関係を重視する方が中国にとっても有益――などとする「対日新思考」が発表された。
  「対日新思考」は、胡錦濤政権の意向を反映したものと考えてよいが反対も多く、特に小泉純一郎首相が靖国神社参拝を繰り返したことにより、中国国内では、対日強硬論者や軍から「軟弱外交の失敗」と決め付けられ、胡錦濤政権は窮地に陥ったとされる。(編集担当:如月隼人)


赤字の部分、やはりな、という感じです。
日本の首相がまた靖国参拝でもしない限り胡錦濤政権下では中国が歴史問題を蒸し返す可能性は現状少ないようです。しかしこういった、中国が弱みを見せている今こそ日本は南京大虐殺記念館への「30万人」の表示を取りやめるよう要請すべきであり、拉致問題で日本に協力するよう要請すべきであり、チベット問題で民主的な処置を行うよう求めるべきです。福田政権は「国益」を経済的なものだけに絞りすぎではないでしょうか。国家百年の計は経済だけを考えていて為されるものでしょうか?

胡国家主席;「長野聖火リレー守った中国人に感謝」
2008/05/09(
) 12:21:50更新
  9日付東方網は、来日中の胡錦濤国家主席が8日夜、日本在住の中国人と留学生代表と会見した際、「長野で聖火を守ってくれたみなさんの熱意ある行動に感謝する」と述べたと報じた。
  胡国家主席が同日午後に早稲田大学で講演を行った際には、多くの中国人留学生が会場の大隈記念講堂周辺に集まった。東方網はこれを「留学生が主席を歓迎する感動の一幕」と報道。その上で、留学生は国旗を振りながら国家を歌い、「北京がんばれ、オリンピックがんばれ」と声を上げていたが、胡主席が講演を始めると中断し、「秩序ある行動だった」と評した。チベット独立を支援する学生らの行動には触れていない。
  東方網によると、早稲田大学に集まった留学生らは、4月26日に長野で行われた聖火リレーにも駆けつけ、聖火リレーの成功を願ったという。(編集担当:服部薫)

情勢認識が甘いです。長野の異様な光景を見て「中国」という存在に違和感を持った日本人は私の想像さえ超えます。まして胡錦濤がそれを知るにはあと2、3か月はかかるのではないでしょうか。

チベット観光業に活気、メーデー連休に8.9万人 
2008/05/09(
) 16:24:46更新
  観光局によればメーデー連休中にチベット自治区を訪れた観光客は8万9000人で、うち2万1000人が宿泊客だった。この期間の観光収入は3272万元で、3月のチベット騒乱以来、静かだった同地の旅行業界に活気が戻ってきた。海外からの観光客受け入れ再開は6月になる見込みだ。(CNSPHOTO) 

平静が戻ったことをアピールしています。
まさかこの三日後に大地震が襲ってこようとは。。。

羌族~チベット系民族、5.12四川地震では大被害

2008/05/13() 12:06:19更新

  中国政府が公認する55の少数民族のひとつ。言語の特徴などから、一般にチベット系民族とされる。「羌族」の中国語ローマ字表記は「Qiangzu」。日本では「チャン族」や「チアン族」と表記されることが多い。
■主な居住地域は四川、「戸籍上」の人口は急増
  主な居住地域は四川省西部の茂〓、〓川、理県、黒水、松潘など。中国政府が1990年に行った第4次人口調査によると、人口は19.83万人、2000年の第5次人口調査では30.61万人。(〓はさんずいに「文」)
  中国では、両親や祖父母などを含めて、複数の民族の血筋がある場合、戸籍上の民族の選択が可能。このため、1980年代ごろから産児制限や進学などの優遇がある少数民族の戸籍を有利とする考えが広まった。羌族の1990年から2000年までの人口の急増も、自然増以外に戸籍上の増加が多く、逆に純粋に羌族の血を引き、母語も羌語である人の比率は低下していると考えられる
■早い時期から歴史に登場、モンゴルに滅ぼされた西夏王国

  羌族は中国の少数民族の中でも、早い時代から歴史記載に登場する民族のひとつ。古くは現在の山西省、陜西省、甘粛省、青海省一帯で生活していた。うち、最も東の山西省からは比較的早く撤退した。周王朝(紀元前1046年ごろ-同256年)とも密接なかかわりを持った。
  戦国時代(紀元前403年-同221年)に秦が勃興すると、羌族は陜西省から離れ、現在の四川省やチベット自治区東部にも住むようになった。

  漢代(紀元前206年-紀元220年)の羌族は西羌などと呼ばれ、中国西部で強い勢力を保った。魏晋南北朝時代(184年-589年)には、匈奴や鮮卑系民族と同様に、羌族も自らの地方国家を設立した。
  唐代(618年-907年)から北宋時代(960年-1127年)にかけては、羌族の一派のタングート族が興隆し、現在の寧夏回族自治区の銀川を首都に、甘粛省など中国北西部のかなり広い範囲を領域とする西夏王国を樹立。しかし西夏は1227年、チンギス・ハンが率いるモンゴルに滅ぼされた。
  明代(1368年-1644年)には、現地の有力者の統治権を広く認める「土司制度」の適用対象になった。一方で、平野部には漢族の進出が相次ぎ、羌族の多くは山間部で暮らすようになった。清代(1644年-1912年)の後半からは、羌族に対しても中央集権体制に組み込む「改土帰流」が進められた。
  1949年の中華人民共和国成立後は、1950年代に四川省に羌族自治県が設けられ、1992年に同県は行政区域として格上げされ、阿バー蔵族羌族(チベット族・チャン族)自治州になった。(バーは土へんに「覇」)
■2008年5月12日の地震で大きな被害
  羌族の主な産業は牧畜業や畑作農業だったが、最近では、主な居住地域で皮革製造業、製紙、木材などの工業も始まった。宗教はもともと、多神教にもとづくシャーマニズムだったが、チベット仏教や漢族の道教などの影響も大きい。
  2008年5月12日に四川省の〓川を中心にマグニチュード7.8の地震が発生。13日11時現在、詳細な被害統計はまとめられていないが、主要な居住地域で大きな被害が出た。
  なお、ジャイアント・パンダの生息地域も、主に羌族の居住地域にある。
  写真は、四川省成都市で開催された国際非物質文化遺産祭で、民族芸能を披露する羌族の若者。2007年5月23日撮影。(編集担当:如月隼人)

胡錦濤国家主席、ブッシュ大統領と電話会談 
2008/05/14(
) 10:56:23更新
  胡錦濤国家主席は13日夜、ブッシュ大統領と電話会談を行った。その中で、ブッシュ大統領は「アメリカは、四川省で発生した大地震に非常に関心を寄せており、中国人民に同情の意を表す。アメリカは被災地に出来るだけの援助を提供したい」と述べた。中国国際放送局が伝えた。
  これに対して、胡錦濤主席は感謝の意を表した上で、「中国人民は自分の同胞が大地震で命を失ったことに非常に悲しんでいる。中国政府は全力を上げ救援活動を行い、けが人の救出に取り組むほか、被災地住民に救援物資を送り、出来るだけ早く正常な秩序を取り戻したい」と述べた。 
  また、胡錦濤主席は「ここ数年、双方の共同努力の下で、中米関係は絶えず前向きに発展している。来月に行われる予定の第四回中米戦略経済対話で成果を収めることを希望する」と語ったほか、チベット問題について、胡錦濤主席は「チベット問題は中国の内政である。アメリカは客観的に公正な態度を保ち、中国の正義の立場を理解することを希望する」と強調した。

チベット人にとっては弾圧は受けるは地震被害には遭うは踏んだり蹴ったりですね。。。
共産党に取っては経済的に痛い所ですが国際社会の非難が大いに弱まる効果があるでしょう。不謹慎な話ですが。

以後ニュースはまだ続きますが、地震の救援関係のニュースがほとんどですのでブログの趣旨より割愛いたします。

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チベット関連ニュース:AFP4/30~5/17

聖火リレー控える香港、人権活動家ら13人を入境拒否
20080501 21:54 発信地:香港
51 AFP】北京五輪の聖火リレーは2日、香港を皮切りに開催地・中国の国内巡回が開始されるが、香港当局は海外の人権活動家らの入境を拒否しており、外交筋や運動団体が懸念している。
 聖火は中国最初のリレー地となる香港に30日到着。2日のリレー開始を前に最終準備が進んでいる。これまでに巡回してきた世界各地の都市では、チベット(Tibet)自治区の暴動に対する中国政府の対応や、同国の人権問題をめぐり、デモなどの抗議行動に繰り返し阻まれた。
 中国本土に入れば言論に対する規制が強まるため、比較して寛容な香港で行われる2日の聖火リレーは、さまざまな問題で中国政府を批判する人々にとって、リレーにあわせて抗議を表明する最後の機会となりうる。
■ダルフール問題で中国批判の俳優ミア・ファローさん到着
 2日を控え、海外の人権活動家らは香港入りを目指しているが、これまでに入境を拒否される例も相次いでいる。
 米国の俳優で人権活動家のミア・ファロー(Mia Farrow)さんは1日夕方、香港に到着した。ファローさんは、スーダンのダルフール(Darfur)紛争に対する中国政府の影響を指摘しているが、何も問題なく入国できたと述べた。
 ファローさんは「彼らは、わたしたちが聖火リレーの妨害のためにここに来たのではないということをはっきりさせたがっただけ。もちろん、妨害に来たのではない」と、香港の空港でインタビューに答えた。
 ファローさんは2日、「ダルフールと五輪」と題した講演を行う予定。「スーダン政府に圧力をかけるため、中国政府は何をすべきだと思うか」との問いには、「空爆と地上戦を停止」し、国際平和維持軍を受け入れるようスーダンの指導者たちに圧力をかけることができるだろうと述べた。
■海外活動家ら13人が入境できず
 しかし、外交筋や運動団体らによると、聖火リレーを前にこれまでに少なくとも13人が香港入りを拒否されている。
 現地の英国領事館が1日、AFPに明らかにした情報では、29日に英国人男性1人が入境しようとし、拒否された。また同じく英国人でチベット支援国際団体「フリー・チベット・キャンペーン(Free Tibet Campaign)」の広報担当であるMatt Whitticase氏も今週入境を拒否され、英国へ帰還を余儀なくされたという。
 英領事館広報官は「香港保安局長官と会見し、なぜ2人の英国人が入境できなかったのか明らかにしたい。また、29日に香港に到着した男性は空港で拘束されたままで、領事館と連絡を取れるようにしたい」と述べた。
 現地の英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト(South China Morning Post、南華早報)によると、欧州委員会(European Commission)も入境拒否の件で、高官レベルと香港特別区行政府側との接触を試みるとみられている。
 このほかにも29日には、デンマークの彫刻家で人権活動家のJens Galschiotさんとカナダ人のチベット支援運動家2人の計3人、また30日にはほか2人が相次いで拒否されている。
 香港記者協会(Hong Kong Journalist Association)によると、言論の自由を訴える集会へ出席を予定していた中国籍の作家Zhang Yu氏も29日、活動拠点としているスウェーデンへ送還された。同集会の広報担当によると、反体制派の作家Zhao Dagong氏を含む本土からの集会出席予定者5人も香港入りできなかった。
 国際人権団体アムネスティ・インターナショナル(Amnesty International)は、香港当局は公共秩序の維持に関する懸念を、「表現、結社、集会の自由という基本的人権」を弾圧する口実にすべきでないと糾弾した。(c)AFP/Guy Newey

微妙な感じですが香港も自由とは言えないようです。
それにしてもアムネスティは中国の人権問題に頬被りすることなく批判してますね。
まあ中国に異常に寛容なのは日本の人権団体だけかとw

中国5都市のカルフールでまた抗議デモ
2008
0502 01:28 発信地:北京/中国   
51 AFP】(52 一部更新)中国の国営新華社(Xinhua)通信は1日、国内5都市の仏小売大手カルフール(Carrefour)の店舗前で数百人規模の抗議デモが行われたと報じた。聖火リレーを巡って高まっていた反仏感情が再燃したかたちだ。
 抗議デモが行われたのは、首都北京(Beijing)、湖南(Hunan)省長沙(Changsha)、福建(Fujian)省福州(Fuzhou)、遼寧(Liaoning)省瀋陽(Shenyang)、重慶(Chongqing)市の5都市。
 新華社によると、デモ参加者らは中国国旗を手にカルフールとチベット独立に抗議するスローガンを叫び、北京五輪への支持を表明。福州にあるカルフール前の広場には午前11時(日本時間午前12時)ころまでに約1000人が集まり、中国国旗やチラシを配っていたという。これを受けて100人以上の警察官が事態の収拾にあたり、午後1時までには集まった人々は解散したという。(c)AFP/Marianne Barriaux

カルフールデモはまだ沈静化してないようです。

タイム誌が選ぶ「世界で最も影響力のある100人」、2008年度1位はダライ・ラマ14
2008
0502 11:24 発信地:ニューヨーク/米国
52 AFP】米タイム(Time)誌が選ぶ毎年恒例の「世界で最も影響力のある100人」が1日発表された。
 2008年の100人のトップに立ったのはチベット(Tibet)仏教最高指導者ダライ・ラマ(Dalai Lama14世。2位以降は、ウラジミール・プーチン(Vladimir Putin)露大統領、次期米大統領を狙う民主党のバラク・オバマ(Barack Obama)上院議員とヒラリー・クリントン(Hillary Clinton)上院議員、同じく共和党のジョン・マケイン(John McCain)上院議員が続いている。
 昨年、100位外となったジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush)米大統領は2年振りにランクイン。中国の胡錦濤(Hu Jintao)国家主席に次いで、7位に入った。しかし、次期大統領を狙う3人に順位では負けている。
 一方、国際テロ組織アルカイダ(Al-Qaeda)の指導者ウサマ・ビンラディン(Osama Bin Laden)容疑者とイランのマハムード・アフマディネジャド(Mahmoud Ahmadinejad)大統領は、今年はランク外となった。
「ヒーロー&パイオニア」部門では、映画俳優のブラッド・ピット(Brad Pitt)とアンジェリーナ・ジョリー(Angelina Jolie)のカップル、ランクイン5回目となるテレビ司会者のオプラ・ウィンフリー(Oprah Winfrey)、義足スプリンターのオスカー・ピストリウス(Oscar Pistorius)、女優のミア・ファロー(Mia Farrow)、元男子プロテニス選手のアンドレ・アガシ(Andre Agassi)らが名を連ねた。
「アーティスト&エンターテイナー」部門には、米国のテレビドラマ『シークレット・アイドル ハンナ・モンタナ(Hannah Montana)』への主演で脚光を浴びているマイリー・サイラス(Miley Cyrus)も15歳にしてランクインし、最年少記録を作った。同部門にはそのほか、俳優のロバート・ダウニー・JrRobert Downey Jnr.)、ミュージシャンのハービー・ハンコック(Herbie Hancock)、映画監督のイーサン・コーエン(Ethan Coen)とジョエル・コーエン(Joel Coen)、歌手のマライア・キャリー(Mariah Carey)、小説『君のためなら千回でも(The Kite Runner)』の著者カーレド・ホッセイニ(Khaled Hosseini)氏らが入った。
 タイム誌電子版のユーザーがネット投票する部門では、「現代コンピュータゲームの父」と称される任天堂(Nintendo)のゲームクリエイター、宮本茂(Shigeru Miyamoto)氏がトップに立った。2位には2007年の同部門1位だった韓国の歌手ピ(Rain)が入っている。(c)AFP

ダライ・ラマが一位に選ばれたのは嬉しいニュースですが、現職のアメリカ大統領より候補の方が影響力があるってのは何かなと思います。w

香港で聖火リレー実施、中国本土からも群集殺到
2008
0502 13:47 発信地:香港   
52 AFP】(一部更新、写真追加)香港で2日、雨が降りしきる中、北京五輪の聖火リレーが始まった。チベット問題や人権問題での抗議活動ができるのも同地が最後になるとみられており、人権活動家と親中国派の小競り合いなどが原因でこれまでに約20人がコース上で拘束されている。
 聖火は、第1走者で香港唯一の五輪金メダリストのLee Lai Shanさんに手渡され、厳しい警戒態勢のなか開始された。
 通りには数千人の群衆が詰めかけたが、中国本土からやってきた人が大半を占めた。中国国内では、国際的な中国批判に反発が強まってる。(c)AFP

やはり長野の時と同じように中国本土からの動員が多数あるようです。
これから聖火は中国本土に入りますが静かなリレーになるでしょうね。

ダライ・ラマ特使、3日に訪中 非公式対話へ
20080503 02:35 発信地:ダラムサラ/インド
53 AFP】インド北部ダラムサラ(Dharamshala)のチベット亡命政府は2日、チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ(Dalai Lama14世の特使2人が中国指導者との「非公式」対話のため中国に向け出発し、3日に到着すると発表した。対話は早ければ3日にも実現する。
 今回の対話は中国政府のチベット暴動弾圧以来、初めての直接交渉とされる
 310日に中国のチベット(Tibet)自治区ラサ(Lhasa)で暴動が発生し、中国政府が弾圧した。
 チベット亡命政府のThubten Samphel報道官は「今回の短期間の訪問では、チベット自治区などでの最近の問題など緊急の課題を取り上げる」とし、中国政府の対応へのダライ・ラマの深い懸念とチベット自治区の平和を回復するための提案を行うとした。
 特使はロディ・ギャリ(Lodi Gyaltsen Gyari)氏とギャルツェン(Kelsang Gyaltsen)氏で、中継地の香港(Hong Kong)に到着したという。(c)AFP/Lobsang Wangyal

十中八九、共産党のポーズでしょうけど対話の内容に注目したいものです。

中国の胡錦濤国家主席が来日、国家主席として10年ぶり
20080506 16:28 発信地:東京
56 AFP】中国の胡錦濤(Hu Jintao)国家主席が6日午後、日本公式訪問のため専用機で都内の羽田空港に到着した。中国の国家元首の日本訪問は10年ぶり。
 来日に先立ち日本の報道陣向けに行った記者会見で、胡主席は日本訪問を「暖春の旅」と表現し、戦略的互恵関係の推進への意欲を示した。
 3月末にチベット自治区で起きた暴動を中国当局が制圧して以来、胡主席の海外訪問は、今回が初めて。チベット問題をめぐっては海外で中国に対する抗議活動が高まっていることから、羽田空港周辺にも、厳重な警戒態勢が敷かれた。(c)AFP/Shingo Ito

さて、戦略的互恵関係の旅の始まりです。
経済的な紐帯が強まってもそれが虐殺資金に繋がっては何のための繁栄かとなります。
人類の叡智が問われていると思います。

北京五輪聖火、エベレスト登頂
2008
0508 13:04 発信地:北京/中国 
58 AFP】(一部更新、写真追加)北京五輪の聖火を手にした中国の登山隊が、現地時間8日午前9時すぎ(日本時間同10時すぎ)、エベレスト(Everest、標高8848メートル)山頂に到達した。国営テレビが報じた。登山隊は同午前2時(日本時間同午前3時)に登頂を開始、午前10時の到着を予定していた。
 五輪聖火のエベレスト登頂は、降雪と強風で延期されていた。エベレストは一部チベット(Tibet)自治区に属しており、3月に中国政府が同自治区での抗議活動を取り締まって以来、聖火の登頂計画は議論の的となってきた。
 エベレスト登頂にあたり、中国当局は厳重な警備を敷いた。妨害活動を防ぐため、チベット側・ネパール側の登頂ルートとも通行は禁止されている。(c)AFP

実現が危ぶまれていたエベレスト聖火ですが無事成功したようです。
喜ばしい事とは思えません。

チベット特使、非公式対話で中国に「愛国教育」中止を要求
2008
0508 19:30 発信地:ダラムサラ/インド
58 AFP】チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ(Dalai Lama14世の特使として中国政府代表との非公式対話に出席したロディ・ギャリ(Lodi Gyaltsen Gyari)氏は8日、対話の中でチベット人に対する「愛国主義教育」の中止を求めたことを明らかにした。
 チベット亡命政府の置かれているインド北部ダラムサラ(Dharamshala)で行った記者会見でギャリ氏は、このほかにも「チベット人拘束者の釈放および負傷者への適切な治療」や「報道関係者を含むチベット自治区内への立ち入り許可」などを要求したとも語った。
 また、各問題に対する見解の差は埋まらなかったものの、双方とも対話の継続では合意し、ダライ・ラマ14世と中国政府との7回目となる直接対話の日程が、近く双方の合意が得られ次第、公表される見通しだと述べた。
 ギャリ氏と中国政府代表との非公式対話は4日、中国南部広東(Guangdong)省深セン(Shenzhen)で行われた。3月末のチベット自治区での暴動発生以来、両者による協議は初めて。(c)AFP

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対話の内容が公開されました。
・愛国教育の中止
・チベット人の釈放
・負傷者への適切な治療
・プレスを含む自治区内への立入許可
ということですね。
いきなり「高度な自治」というわけにはいかないのでしょう。
継続に期待したい所です。

胡主席が早大で講演、中国の軍事的脅威を否定
2008
0509 01:36 発信地:東京
59 AFP】来日中の胡錦濤(Hu Jintao)中国国家主席は8日、早稲田大学(Waseda University)で講演し、日本は中国の台頭を恐れることは何もないと強調した。
 胡主席は、日中間の歴史問題について非常に融和的な態度を示し、第2次世界大戦以後の日本の対中支援について感謝の意を表明した。
 また、「中国は防衛的な国防政策をとってきており、軍拡競争に参加することは決してない」とし、「いかなる国に対しても軍事的脅威となることはなく、また覇権や拡大主義を主張することは決してない」と主張した。
 講演後に行われた日中両国青少年の交流行事では、胡主席は上着を脱いで眼鏡を外し、卓球の試合に飛び入り参加。福田康夫(Yasuo Fukuda)首相が見守る中、同大の福原愛(Ai Fukuhara)選手と対戦し、その腕前を披露した。
 一方、大学のキャンパスでは、中国のチベット(Tibet)統治に反対する学生や市民100人以上が、チベット旗を振り、「フリーチベット(チベット解放)」と叫んで抗議活動を行った。
 また、同日朝に行われた胡主席と日本の歴代首相との朝食会には、靖国参拝で中国から批判を受けていた小泉純一郎(Junichiro Koizumi)元首相は欠席した。(c)AFP/Kyoko Hasegawa

早稲田大学で行ったというのは福原愛さんがおられるからなのでしょうか?
それはともかく「日中間の歴史問題について非常に融和的な態度を示し、第2次世界大戦以後の日本の対中支援について感謝の意を表明した。」というのは10年前の江沢民の時を思い出せば隔世の感がします。
つまり日本と敵対するといかに中国にとって痛手かということを示しているに他なりません。
この中国側の弱みを握って有利な交渉を、と期待したい所ですが難しいでしょうね。

中国国家主席訪問への抗議集会、奈良
2008
0510 19:37 発信地:奈良
510 AFP】(一部更新)日本を訪問した中国の胡錦濤(Hu Jintao)国家主席は5日間の日程の最終日となる10日、奈良の唐招提寺を訪問した。
 唐招提寺周辺には数十人が集まり「フリーチベット」などと叫んで胡国家主席の訪問に抗議した。また奈良市内でもチベットを支援する抗議集会が行われた。(c)AFP

唐招提寺が善光寺に続いてくれるのでは?と期待していたのですけど無理だったようです。
寺側の代表が胡錦濤を笑顔で案内していたのを見たときには失望しました。
内心は葛藤があったのでしょうか?

中国の大地震、チベット下プレートが原因 仏地震学者
2008
0514 00:28 発信地:パリ/フランス
514 AFP】中国南西部を襲った四川(Sichuan)省を震源とするマグニチュード7.8の大地震は、チベット高原(Tibetan Plateau)下にあるプレート(岩板)が北東方向にずれたことが原因との見方を、フランスの地震学者らが示した。
 パリ地球物理研究所(Paris Institute of Earth Physics)のポール・タポニエ-ル(Paul Tapponnier)氏は、四川省は地震の多発地帯で、今後も多くの余震が発生するだろうと警告する。
 チベット高原の東縁にある山岳地帯は、5000万年前にインド側のプレートがユーラシアプレートにぶつかり地表が押し上げられたもので、ヒマラヤ山脈や世界最高峰エベレスト(Mount Everest、チョモランマ)もこの衝突で出来たものだ。これらの山々は、地殻変動の影響で今も上昇を続けているという。
 中国南部と四川盆地にまたがるチベットは、常に東方向に押され続けていると、タポニエ-ル氏は説明する。
 また、チベット高原の端にある竜門山(Longmenshan)断層が引き起こしたとみられる今回の地震は、地質学的に非常に複雑な仕組みによるものだと地球物理研究所で構造地質局主任のロビン・ラカシン(Robin Laccassin)氏は述べる。
「この地域には、数多くの大型断層線が存在する。このうち、かなり昔の断層のいくつかが内部破壊し、今回の地震を引き起こしたのだろう」(ラカシン氏)
 20世紀に入ってからチベット高原で発生した大規模な地震としては、1920年に甘粛(Gansu)省で23万人の犠牲者を出した地震がある。また、1970年に雲南(Yunnan)省で発生した地震では15000人が死亡している。(c)AFP

今回の四川大地震はチベット下のプレートが原因とのこと。
チベット弾圧に対する神の怒りでしょうか?
しかし地震で実際に死んでいるのはチベットの人達が多いのです。
神は何と無情なことか。

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2008年5月11日 (日)

「チベット(アラン・ウィニントン)」(3) 二郎山を越えて

さて筆者らを乗せて成都を出発した人民解放軍のジープは難路を越えてラサまで走ります。

トラックが集まる交易の中継地、雅安で一行は休憩を取ります。
休憩中の食堂で、筆者は若い運転手チュー・ウェン・ティエンから「チベットはこういう所だ」という講釈を受けることになります。

 「ほとんど全部のチベット人は、おそろしく信仰家です」と運転手チューはいう。「このことを知っておかんと、まるで何でもないことで、連中を怒らせてしまうんですよ。祈祷の壁のまわりや、それどころか、えらい坊さんのまわりを歩くときに、まちがった方向へ行ったりすると、怒られますぜ」どんな対象でも、宗教的に重要なもののそばを通りすぎる時の正しい方向は、時計の針のようにすることであり、それはまた祈祷車というものをまわす正しいやり方でもあるそうだ

祈祷車って何なのかわかりませんがとにかくチベット僧が口うるさいということですかね。
まあ、どんな宗教でも共通してる口やかましさかなと思います。

チューは筆者に、チベットでの注意事項を書いたぼろぼろになったノートを与えます。
そこには箇条書きでこう書かれていました。

ラマ主教の許可なくしては、いかなる僧院にも入ってはならぬ。
いかなる聖像に対しても、一本の指でさしてはならぬ。もしささねばならぬときには、手全体を使え。
寺の中で懐中電灯を使ってはならぬ。
以前に僧侶その他の人々が屠殺人から買いもどしたことがある家畜は、どんな家畜であろうと、殺すために買おうとしてはならぬ。こういう動物は、とくに神聖なのだ。
猟も魚釣りも、してはならぬ。
仏陀に背を向けてはならぬ。活仏や高位のラマのまえで腰をおろしてはならぬ。
婦人に向って、夫はだれかとたずねてほならぬ。チベットの婦人のかなりの部分は、何人かの夫をもっているから、外国人がこういう質問をすることは、軽べつだととられるおそれがある。
チベット人が、こちらに向って舌をつき出し、同時に両方の手のひらを見せても、おどろいてはならぬ。この古代からのチベット式挨拶は西洋の握手と似たものである。すなわち両手を差しだすことは、いかなる武器も隠してはいないということを示すことだからである。
 また昔からのチベットの迷信は、毒殺者の舌は黒いといっている。
こちらが相手と親密な間柄になり、はっきりとその同意を得てからでないかぎり、チベット人のライフル銃や刀にふれてはならぬ。武器は、はとんどのチベットの男にとって、また多くの婦人にとっても、もっとも貴重な財産である。
 重支えないことがはっきりとしている場合のほかは、たばこや洒をのんではならぬ。
 馬に乗って山を下ってはならぬ。チベットの古い諺は、人を乗せて山へのぼれぬ馬は馬ではないし、馬に乗って山を下る男は男ではない、といっている。
 祈祷の時刻に人を訪問してはならぬ。
 招待や飲食の申出を断わってはならぬ。チベット人はひじょうに人を歓待することを好んでいて、それを断わることほ、その家の食物は食えぬ、という意味になる。

迷信や現代ではあまり残っていない風俗が細々と書かれていて、相当原始的な社会だったのだなと思い知らされます。
さらにチュー青年は続けます。

「たとえあなたが、どんなに腹がいっぱいでも、どんなにバタ入りの茶がきらいでも」と運転手はいった。「あなたは二、三杯はぐつと飲まねはなりませんぜ。ぼくほ、バタ入りの茶が大好きですがね、塩辛すぎるという人もあります。それからもう一つ、もし他のものがみな手を使って食っているときに、あなたも同じようにしなかったら、あなたが自分たちを見おろしていると思います」

バタ茶というのが想像できませんでしたので調べてみましたが、日本人で旨いと感じる人は少なそうです。
http://homepage2.nifty.com/TEA/chibetto.htm


それにしてもこの二郎山越えは人民解放軍が来る前は想像を絶する難路だったようですね。
チュー運転手が初めてこの道を越えたときの描写がされています。

運転手のチューがはじめてこの道路をのぼって行ったときには、そこかしこの地点で、後部のタイヤ全部が道におさまるだけのはばがなかった。そしてそのもろい岩質の上にはばを二、三センチだけひろげるためには、道の上にかぶさる断崖の垂直両全体を上下数百メートルにわたって切り崩さなけれはならなかった。現在道路は、日まいがするはど鋭いジグザグ形をなして、屈折また屈折して走っているが、どの地点においても二台のトラックがすれちがえるだけのはばをもっている。しかし、工事はなお続行中であって、トラック隊がたえまなく往復しつつあるあいだにも、道をひろげ、カープと勾配とをゆるやかにし、排水渠を掘り、橋を改造して行っている。木の葉脈のように縞目をなして這にながれ入る細流、滝のような豪雨や雪どけの脅威などもすべて、徐々に制御されつつあるのだ。

共産党政府による土木工事が進んでいっている様子が見えますね。

ともあれこの悪路を人民解放軍が初めて通った時の様子が描写されています。

二〇年前、紅軍の決死の部隊は、この墟定の古い橋の床板を国民党の軍隊が焼きはらった後から、鉄の鎖をつたって戦いすすんだのであった。白から志願した兵隊の少数のものが、手でぶらさがって、機関銃火の集中するまっただ中に突きすすんで、ついに対岸を占拠したのだがこれは中国革命の危急存亡をかけた戦闘の一つであった。

長征の事を指しているようですが、共産党礼賛の雰囲気がだんだん出てきましたね。
あsて二十年前の紅軍の苦労を思えばこんなジープでの二郎山越えなどなんてことはないのだと筆者は言いたいようですが、ラサまでの道中、いかに共産党の政治がすばらしいかを延々と訴えられるような気がしております。

 

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2008年5月 3日 (土)

「チベット(アラン・ウィニントン)」(2) 活仏の賓客

筆者は1955年の夏から秋にかけてチベット全土を旅行します。
行く道々は中国共産党の熱烈な歓迎があるものと思えますがおいおいわかっていくでしょう。

1949年に国民党との内戦に勝利した共産党は1950年にチベットに軍事侵攻します。
それを受けて1956年からチベット騒乱が起こり、チベット人漢人双方共に大きな犠牲を出すのですがこの旅行はその前年。
動乱前年のチベットをイギリス人はどう見たのでしょうか。

さて本文。

チベットに入る前に筆者は同行する各国の視察団のメンバーと共に健康診断を受けます。
血圧についてかなり厳重な検査が行われたようです。
ご存じのようにチベットは標高が非常に高い高原の国です。

低地からきたものは、彼が健康な若者であったとしても、空気中の酸素の含有量の低さに適応するだけの赤血球の数をもつようになるまでには、六週間から二ヶ月くらいはかかる。その間、二、三歩坂をのぼっても、すぐ目まいがしたり、動悸が早くなったり、たちまち消耗したりする。(略)私が聞かされたところでは、その状態は、あたかも心臓が、その一鼓動ごとに胸部をぶちやぶろうとしているように、また脈を打つ血液が、鼓動する鋼鉄の環で脳髄を圧搾しようとしているかのように感じられるそうである。(P8)

高山病になったこともないので想像もつきません。高地訓練してからじゃないとかなり辛い所のようですね。
ともあれ血圧診断で合格した筆者と一行は、チベット入りする前に成都に何日か滞在します。
成都はラサの東1200km。チベットを目指す人が必ず通過する都市ですがそれでも東京~博多間の1.5倍です。大陸内ではこれでも近い方なんでしょう。

さて筆者と一行は「成都少数民族学院」で幾日かを過ごします。
少数民族を同化させたがっているはずの中共ですのでこの学校で何を教えているのかが気になります。
ちょっとだけ調べてみましたが今はその名前ではなく西南民族学院となっている様子です。
共産党はなぜわざわざ外国人記者を学校で過ごさせたのでしょうか?
弾圧などしていないというアピールでしょうか?

ともあれ筆者はここで幾人かのチベット人の若者と出会います。

ラサの貴族の家で働いていた元小間使いの娘。
同じ家で働いていた厩番の青年と恋に落ちて駆け落ちをして中国軍に救われたとのことです。
身の上話は脚色がついていることがほとんどですのであまり興味はないのですが、仕えていた家の事からチベット貴族がどういう存在であったかを伺わせる記述があってここは興味があります。

 社会という天秤でいえば、この二人とちょうど正反対の位置にいるのが、ラサで特殊な貴族の、美しい息女、ジョーマ・ブージェである。その貴族ほ多年、ラマ教の支配的宗派の活仏であったから、もちろん、結婚は禁じられていた。だが彼は、前の第十三世ダライ・ラマの気にいりだったので、五十四歳の年に、恋におちいった噂、教皇から結婚の許しをえた。彼の娘は、数人の子たちのうちの長女で、ラサで買入れた高価な英国製ウーステッドの寛衣を着、大きな金の腕時計をもっていたが、それは秒をきざむだけでなく、月相までしめすという、ひどくごていねいなものだった。彼女は、高雅なチベット服装をしていたが、頭には先きのとがった工人帽をかぶり、おさげにした髪をその中へたくしこんでいた。

チベット貴族というものは贅沢なものだったんだぞ、という描写になっています。
贅沢の限りを尽くすチベット貴族、搾取に苦しむ一般のチベット人というような記述が続くのかもしれません。

あと一妻多夫の制度についての記述もありますね。

私は、一妻多夫の制度について、彼女にきいてみたーこの問題について、私は何回となく質問したが、これが最初の質問だったーすると彼女はいった。「はい、そうです。たしかに一妻多夫制はあります。だが、私の家族ほ、それをいいこととみとめていません。私は、大の女が二人か三人の夫を持っているのを、いくつか知っています。夫たちはみな兄弟です。しかし、二、三人以上になることはありません。その理由は、わかりません」

原始的な結婚制度を共産党の指導により改めた、という事を言いたいのでしょうか?

次は年長の学生、ジャイジ・ロブについての記述と移ります。
ジャイジ・ロブはカム地方に住んでいた小部族の首長の息子です。
Mapak1
彼の父が率いる部族は、マジャ族との抗争に勝利を収めて豊かな生活を享受しますが、逆恨みからチベット政府のお尋ね者となってしまいました。
カムでの生活が危うくなったロブの父は、ロブを
甘粛省へ送って移住先の土地を探させます。
そしてロブは国民党と戦闘中の人民解放軍に出会うわけです。1950年のことです。


「あんたもわかってくださると思うが、おれたちは、蒋介石の連中には怨みを持つわけがあった。おれは、事情はどういうことか、あんまりはっきりわからなかったけれど、もし解放軍が蒋介石を敵にしているのなら、おれは解放軍の味方だった。それで、解放軍の輸送を手伝ってやった。それからまた、解放軍が渉外事務といっている仕事もやった。軍隊の先頭に立って、人民に向って、解放軍はよい軍隊で、荷をはこぶ費用はぜんぶはらってくれるし、家畜を殺すことはないのだと説明しました」

ロブの部族は、国民党軍に苦しめられていたようですね。
「敵の敵は味方」とは毛沢東の言葉ですが、その通りの事を人民解放軍は実践してロブの部族を味方につけたわけです。

ロブは解放軍の露払いをしながらカムに近づいていきます。
そして解放軍の仲裁によりロブの部族は敵対している部族と和解します。
おかげでロブの部族はカムの地に安住でき、家畜の盗難の少ない社会が到来し、今では首長であった彼の父親は県政府の役員となって活躍の場をそこへ移すことになりました。
そして、父の薦めと解放軍の援助でもってロブは成都へ教育を受けに来たという次第です。

共産党の懐柔策がよくわかるお話ですが、話し合いで部族間の調停を行い、結果として平和な暮らしができるようになってみな満足しているのでしたら、これはあまり細かい非難はせず認めるべきでしょう。
共産党支配により喜んでいた人もいた、ということですね。

最後にロブは、長年敵対していた宿敵、マジャ族の若者と友人になれたことを筆者に紹介します。

ロブは、やはり学生になってきているマジャ族の一人を私に、紹介した。二人はたがいにしたたか肩をたたきあい、それからロブは説明した。「最初は、われわれは顔を会わせたくもなかった。そして、昔の根のかたをつける時をねらって待っていました。だが、その根のおかげで、われわれはたっぶり話し合って、手を振り合うことになったんです。われわれは決闘しないことに同意して、友だちになった」

私がひねくれてるのかもしれませんが、何かうさんくさいですね(笑)。
ともあれ筆者は民族学院での滞在を終わらせてラサへと出発します。

旅に出かける前に、成都でこうした学生たちとかたり合って、チベットの強烈なにおいを嗅がされた私は、行程2400キロ以上におよぶ、「聖都」への旋に出発することが待ち遠しくてたまらなくなった。

どんな共産党のご用意が待っているのでしょうか。

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