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2008年5月11日 (日)

「チベット(アラン・ウィニントン)」(3) 二郎山を越えて

さて筆者らを乗せて成都を出発した人民解放軍のジープは難路を越えてラサまで走ります。

トラックが集まる交易の中継地、雅安で一行は休憩を取ります。
休憩中の食堂で、筆者は若い運転手チュー・ウェン・ティエンから「チベットはこういう所だ」という講釈を受けることになります。

 「ほとんど全部のチベット人は、おそろしく信仰家です」と運転手チューはいう。「このことを知っておかんと、まるで何でもないことで、連中を怒らせてしまうんですよ。祈祷の壁のまわりや、それどころか、えらい坊さんのまわりを歩くときに、まちがった方向へ行ったりすると、怒られますぜ」どんな対象でも、宗教的に重要なもののそばを通りすぎる時の正しい方向は、時計の針のようにすることであり、それはまた祈祷車というものをまわす正しいやり方でもあるそうだ

祈祷車って何なのかわかりませんがとにかくチベット僧が口うるさいということですかね。
まあ、どんな宗教でも共通してる口やかましさかなと思います。

チューは筆者に、チベットでの注意事項を書いたぼろぼろになったノートを与えます。
そこには箇条書きでこう書かれていました。

ラマ主教の許可なくしては、いかなる僧院にも入ってはならぬ。
いかなる聖像に対しても、一本の指でさしてはならぬ。もしささねばならぬときには、手全体を使え。
寺の中で懐中電灯を使ってはならぬ。
以前に僧侶その他の人々が屠殺人から買いもどしたことがある家畜は、どんな家畜であろうと、殺すために買おうとしてはならぬ。こういう動物は、とくに神聖なのだ。
猟も魚釣りも、してはならぬ。
仏陀に背を向けてはならぬ。活仏や高位のラマのまえで腰をおろしてはならぬ。
婦人に向って、夫はだれかとたずねてほならぬ。チベットの婦人のかなりの部分は、何人かの夫をもっているから、外国人がこういう質問をすることは、軽べつだととられるおそれがある。
チベット人が、こちらに向って舌をつき出し、同時に両方の手のひらを見せても、おどろいてはならぬ。この古代からのチベット式挨拶は西洋の握手と似たものである。すなわち両手を差しだすことは、いかなる武器も隠してはいないということを示すことだからである。
 また昔からのチベットの迷信は、毒殺者の舌は黒いといっている。
こちらが相手と親密な間柄になり、はっきりとその同意を得てからでないかぎり、チベット人のライフル銃や刀にふれてはならぬ。武器は、はとんどのチベットの男にとって、また多くの婦人にとっても、もっとも貴重な財産である。
 重支えないことがはっきりとしている場合のほかは、たばこや洒をのんではならぬ。
 馬に乗って山を下ってはならぬ。チベットの古い諺は、人を乗せて山へのぼれぬ馬は馬ではないし、馬に乗って山を下る男は男ではない、といっている。
 祈祷の時刻に人を訪問してはならぬ。
 招待や飲食の申出を断わってはならぬ。チベット人はひじょうに人を歓待することを好んでいて、それを断わることほ、その家の食物は食えぬ、という意味になる。

迷信や現代ではあまり残っていない風俗が細々と書かれていて、相当原始的な社会だったのだなと思い知らされます。
さらにチュー青年は続けます。

「たとえあなたが、どんなに腹がいっぱいでも、どんなにバタ入りの茶がきらいでも」と運転手はいった。「あなたは二、三杯はぐつと飲まねはなりませんぜ。ぼくほ、バタ入りの茶が大好きですがね、塩辛すぎるという人もあります。それからもう一つ、もし他のものがみな手を使って食っているときに、あなたも同じようにしなかったら、あなたが自分たちを見おろしていると思います」

バタ茶というのが想像できませんでしたので調べてみましたが、日本人で旨いと感じる人は少なそうです。
http://homepage2.nifty.com/TEA/chibetto.htm


それにしてもこの二郎山越えは人民解放軍が来る前は想像を絶する難路だったようですね。
チュー運転手が初めてこの道を越えたときの描写がされています。

運転手のチューがはじめてこの道路をのぼって行ったときには、そこかしこの地点で、後部のタイヤ全部が道におさまるだけのはばがなかった。そしてそのもろい岩質の上にはばを二、三センチだけひろげるためには、道の上にかぶさる断崖の垂直両全体を上下数百メートルにわたって切り崩さなけれはならなかった。現在道路は、日まいがするはど鋭いジグザグ形をなして、屈折また屈折して走っているが、どの地点においても二台のトラックがすれちがえるだけのはばをもっている。しかし、工事はなお続行中であって、トラック隊がたえまなく往復しつつあるあいだにも、道をひろげ、カープと勾配とをゆるやかにし、排水渠を掘り、橋を改造して行っている。木の葉脈のように縞目をなして這にながれ入る細流、滝のような豪雨や雪どけの脅威などもすべて、徐々に制御されつつあるのだ。

共産党政府による土木工事が進んでいっている様子が見えますね。

ともあれこの悪路を人民解放軍が初めて通った時の様子が描写されています。

二〇年前、紅軍の決死の部隊は、この墟定の古い橋の床板を国民党の軍隊が焼きはらった後から、鉄の鎖をつたって戦いすすんだのであった。白から志願した兵隊の少数のものが、手でぶらさがって、機関銃火の集中するまっただ中に突きすすんで、ついに対岸を占拠したのだがこれは中国革命の危急存亡をかけた戦闘の一つであった。

長征の事を指しているようですが、共産党礼賛の雰囲気がだんだん出てきましたね。
あsて二十年前の紅軍の苦労を思えばこんなジープでの二郎山越えなどなんてことはないのだと筆者は言いたいようですが、ラサまでの道中、いかに共産党の政治がすばらしいかを延々と訴えられるような気がしております。

 

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コメント

瀬戸山死ね。カス

投稿: 人造人間 | 2009年5月30日 (土) 13時27分

山梨市●●●1380-2

投稿: | 2009年5月30日 (土) 17時06分

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