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2007年2月18日 (日)

捕虜虐殺命令を検証する(6) 左翼の反論

引き続きネット上の左派論客である、k-kさんの東中野説の批判について検討してみましょう。

http://wiki.livedoor.jp/kknanking/d/%c2%e866%cf%a2%c2%e2%cc%e4%c2%ea%a1%a1%c5%ec%c3%e6%cc%ee%c0%e203

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http://wiki.livedoor.jp/kknanking/d/%c6%ee%b5%fe%c2%e7%b5%d4%bb%a6%a1%a1%cf%c0%c5%c0%a4%c8%b8%a1%be%da
(左メニュー:第66連隊問題→●東中野説批判→○第1大隊戦闘詳報は「素人の作文」だったか?)

東中野教授の以下の記述について論評されてます。
では、実際に、第一大隊副官が第一大隊の戦闘詳報を作製したのであろうか。戦場のこと故、大隊副官の負傷による戦線離脱も考えられる。小宅小隊長は次のように述べるのである。
《戦闘詳報について言えば、第四中隊の戦闘詳報は私が書いていました。もちろん捕虜処刑などありませんから、そんなことは書いていません。
 大隊の戦闘詳報は、一刈さんがたおれ、まともなのは渋谷(大隊副官)さんだけです。渋谷さんは実際の指揮を取っており作戦の責任者ですが、戦闘詳報をどうするという時間はなく、また、大根田副官は実戦の経験から考えて戦闘詳報について詳しくありません。ですから素人ばかりの大隊ではまともな戦闘詳報はなかったと思います。》
 たしかに、小宅小隊長代理の言うように、一刈第一大隊長は戦線から離脱していた。そのため第一大体命令-----たとえばすでに見た「第四中隊ハ全員ヲ以テ捕虜ノ監視ニ任ズベシ」という命令----などは、渋谷大尉(第一大隊長代理)の発令となっている。
 つまり、渋谷副官が実際の戦闘を指揮していた。そのため渋谷副官は戦闘の一瞬一瞬に瞬間的な判断を迫られ、戦闘詳報をどうするという立場にはなかった。他方、もう一人の大根田副官は、実戦の経験不足からして、戦闘詳報については暗かった。

 従って、戦闘詳報については素人ばかりの大隊であった。そのため、まともな戦闘詳報は書けなかったというのが、小宅小隊長代理の証言であった。つまり、第一大隊の戦闘詳報は素人の作文に近かったのである。

小宅証言の信憑性
【1】一刈大隊長が負傷した後、戦闘詳報をまともに作成できるのが渋谷大尉だけになった
小宅曹長の証言
大隊の戦闘詳報は、一刈さんがたおれ、まともなのは渋谷(大隊副官)さんだけです
という部分について。「野州兵団の軌跡」183ページから
山田聯隊長は、第一大隊付きの渋谷仁太大尉を長に挺身隊を編成した
という部分を引用されて更に
渋谷大尉は「副官」ではなく、「大隊付き」の将校であった。一般的に、歩兵大隊の副官は少尉を1人充てることとなっており、大尉であった渋谷を副官とすることや、大隊副官を2人充てることなどは当時の慣例にそぐわず、この点からみても、渋谷大尉が副官であったとは考えられない。
と論評されています。

記述を見るにどうやらk-kさんは「野州兵団の軌跡」も自由に参照できるようですね。

以下に116師団の編成表をご紹介します。
http://members.at.infoseek.co.jp/NankingMassacre/sougou/sosikizu/D114.htm
確かに副官には少尉となっていますね。
残念ですが小宅曹長の証言があやふやであった事がひとつ証明されてしまいました。

【2】大根田少尉は戦闘詳報の作成に詳しくなかった
資料での裏付けがとれなかったと書いておられます。以下論評
少尉という階級は、将校の一番最初の階級であり、実戦を含め、軍務すべてに関して経験が少ないものであろう。
このような意味で、本当に、大根田少尉は戦闘詳報作成に関して際立って「暗かった」と言えるのであろうか?この点、疑問が残るところである。

暗かろうが暗くなかろうが、虚偽の事を詳報に書くというのとはまた少し違う話ですね。
ですから私もここはノーコメントで。

【3】大隊の戦闘詳報は、素人ばかりでまともなものは作成できなかった
小宅曹長の証言について
1つは誤認していたものであり、1つは妥当性に疑問が残るものであった。
と論評されています。

そして東中野教授の以下の文
戦闘詳報は文字どおりこの戦闘に関するすべての事実を詳報するもので、副官または書記が作製し、大隊長の決済を経て連隊に報告するもので、責任者は大隊長ということになります。

ここについて
この見解に整合性をつけるならば、大隊本部の書記も「素人」でなければならない。
とされています。これはその通りですね。
更に
当時、第66連隊第1大隊本部には、小野文助、木村徳延軍曹、稲沢伍長、菅沼伍長という下士官の書記が確認できる(『野州兵団奮戦記』より)。
とあります。
野州兵団の軌跡なのか郷土部隊奮戦記なのか引用もとがごっちゃになっていますがこれは誤記でしょうね。
やはりこれだけのメンツが揃っていて「素人集団だから適当なこと書いちゃったんだよ」
というのは論拠として弱いです。

東中野の見解について
おおもとの小宅曹長の証言に信頼性がないことで東中野教授の論自体にも信頼がおけないことが書かれています。これもその通りですね。
あと、戦闘を実際にしていた期間と詳報を作成していた期間とに少し時間的ずれがあることから考えられることを述べられていますがここはもう触れないでおきます。

結論として
気持ちはわかりますけどちょっと強引すぎます>東中野教授
と述べるしかありません。

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