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2007年2月 9日 (金)

捕虜虐殺命令を検証する(5) 左翼の反論

114師団第66連隊第一大隊に出された捕虜虐殺命令についての東中野教授、秦教授の見解を分析してみました。
ネット上の左派論客である、k-kさんの東中野説の批判について検討してみましょう。

http://wiki.livedoor.jp/kknanking/d/%C2%E866%CF%A2%C2%E2%CC%E4%C2%EA%A1%A1%C5%EC%C3%E6%CC%EE%C0%E201

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http://wiki.livedoor.jp/kknanking/d/%c6%ee%b5%fe%c2%e7%b5%d4%bb%a6%a1%a1%cf%c0%c5%c0%a4%c8%b8%a1%be%da
(左メニュー:第66連隊問題→●東中野説批判→○捕虜虐殺命令は「旅団命令としては出ていなかった」か?)

東中野の主張と根拠

先述しましたが、命令系統は中支派遣軍→114師団→127旅団→66連隊→第1大隊となっております。
この中の一番右の矢印である第一大隊へ捕虜虐殺が出ていれば、その手前の段階である
「第一二八旅命第六十六号」と「一一四師命甲第六十二号」にも虐殺命令が出ていなければおかしいというのが東中野教授の主張なわけです。
命令内容の重大性から考えるとそれも無理のない主張であると考えます。

ここをk-k氏はどう分析しているか?

この前提は、日本軍の命令システム上、ある部分では正しい見解だと言えるだろう。それは、正式な作戦命令である場合、必ず指揮下の全ての部隊に下達されるからである。
ただし、ここで重要なポイントは、それが正式な作戦命令であった場合に限る点である。
つまり、正式な作戦命令ではない命令や指示の場合には、必ずしもこのような命令形態をとるわけではない。
指揮下の特定の部隊にのみだけ、指示や命令を出すことも十分あり得るのである。

つまり、東中野教授は
「こんな重大な命令が連隊長の一存で出せるわけがない」と主張されていますが、k-k氏は
「特定の部隊にのみ出された命令だ」と主張されてるわけですね。
これは「捕虜虐殺を連隊長権限で決定していたはずだ」という意味でしょうね。

捕虜殺害命令の検証

12月13日午後二時に出された66連隊から第一大隊への命令の全文です。

イ、旅団命令により捕虜は全部殺すへし
  其の方法は十数名を捕縛し逐次銃殺しては如何
ロ、兵器は集積の上別に指示する迄監視を附し置くへし
ハ、連隊は旅団命令に依り主力を以て城内を掃蕩中なり
  貴大隊の任務は前の通り

k-k氏はここで「ハ」の部分に着目して、「これは第一大隊に特化した命令である」と強調されています。
これはその通りでしょう。
上意下達の形では、下の方に行くほど命令の内容が細かくなっていくものです。

そして、連隊と旅団とのやり取りについて以下のように書かれています。

一方、「旅団命令により捕虜は全部殺すへし」という部分に関して、第66連隊と第127旅団との間でどのようなやり取りがなされたのか判断できないので、捕虜殺害命令が、第127旅団が発令した正式な作戦命令であったのか(この場合、直隷下の部隊は全て命令を受け取ったことになる)、第127旅団から第66連隊に対してのみ出された命令だったのかを判断する史料はない。

「第66連隊と第127旅団との間でどのようなやり取りがなされたのか判断できない」とありますが、秦郁彦教授の著書には、連隊と旅団とのやり取りについての記述がございました。

場外警備を命ぜられ、監視に当たった渋谷仁太第一大隊長代理から上部に方針を問い合わせると、返事がすぐに来ない。
「郷土部隊奮戦記」(『サンケイ』栃木版 昭和三十八年)によると、問い合わせは山田連隊長から秋山旅団長へ、さらには末松師団長へとリレーされたのち、十三日午後になって処分命令が届く。

k-kさんともあろうものがこの記述の存在を知らないはずがないのですが、秦教授に信を置いていないのかそれとも「郷土部隊奮戦記」に信を置いていないのか?

結論

この捕虜殺害命令に関して、旅団と連隊との間での命令の形態は判断できないが、連隊と第1大隊との間で直接やり取りされた命令であったことがわかり、東中野が前提としていた正式な作戦命令ではなかったことが明確となった。

とありますが、ちょっと意味付けが強引ですね。
66連隊から第一大隊に出された命令の(ハ)の部分
ハ、連隊は旅団命令に依り主力を以て城内を掃蕩中なり
  貴大隊の任務は前の通り

この一文をもって、虐殺は連隊長の独断で行われた、という結論になってしまうのは無理があり過ぎます。

東中野は、この捕虜殺害命令を、「旅団命令により」と明記されているにも関わらず、「旅団命令としては出ていなかった」と主張した。しかし、東中野の主張の前提が否定されてしまったことにより、この主張の妥当性は消失したといえるだろう。

郷土部隊奮戦記の事が一切書かれていないので、k-kさんの認識から離れて考えることにしましょう。
この記述を信頼するかどうかで解釈が分かれるように感じます。
記述に信頼性があるのならば、旅団命令が出ているか否かに関わらず、虐殺命令が事実だった可能性が高まります。
信頼性がないのならばやはりこの命令だけが異質であって信頼性にも疑問を残さざるをえません。

次回は同じくk-k氏の分析「第1大隊戦闘詳報は「素人の作文」だったか」について考察したいと思います。

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コメント

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最近こういうおふざけが好きですw
http://hidamarikuroneko.blog74.fc2.com/blog-entry-52.html

内容と無関係な話題でスンマソ

投稿: blackcat | 2007年2月11日 (日) 10時37分

むむ?
リンクが開かないのだ 笑
やっぱ未だにWin98なのがイカンかな~

投稿: 代吉 | 2007年2月11日 (日) 18時31分

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