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2007年1月27日 (土)

捕虜虐殺命令を検証する(1)

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東中野修道【「南京虐殺」の徹底検証】に、114師団第66連隊第一大隊の戦闘詳報についての検証が書かれていますのでまとめてみます。
結論としては
「この戦闘詳報は偽物だろう」と書いておられるようですが、妥当性を自分なりに考察してみます。

第五章 争点の解釈(1)-旅団命令ニヨリ捕虜ハ全部殺スベシ

「旅団命令により捕虜は全部殺すべし」
児島襄氏が戦闘詳報を発見したこと。
通常の命令形態が
中支派遣軍→114師団→127旅団→66連隊→第1大隊
であることが書かれています。

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第114師団命令
大きな命令系統から分析を行っていまして、最初の段階である「114師団→127旅団」の流れが検証されています。
図にあるように114師団麾下には127、128と二つの旅団が存在していました。
12月13日午前九時半発令の「114師団命甲第62号」の命令が書かれています。
一、城内の敵は頑強に抵抗しつつあり。
二、師団は攻撃を続行し城内の敵を殲滅せんとす。
三、両翼隊は城内に進入し、砲撃はもとよりあらゆる手段を尽くして敵を殲滅すべし。
   これがため要すれば城内を焼却し特に敗敵の欺騙行為に乗ぜられざるを要す。

128旅団の命令書は現存しているものの、127旅団のそれが確認できていない事が書かれています。
以下128旅団から麾下部隊への検証。

第128旅団命令
12月13日正午発令の「歩128旅命第66号」が紹介されています。
一、城内の敵は頑強に抵抗しつつあり。
二、右翼隊は城内に進入し、共和門、公園路、中正路の線(含む)以南の地区を掃討せんとす。
三、第一線両連隊は全力をもって進入しあらゆる手段を尽くして敵を殲滅すべし。
   これがため要すれば城内を焼却し特に残敵のため欺騙行為に乗ぜざるを要す。

師団命令を忠実に下達して、より命令内容を細かくしているのがわかります。
その二時間後、127旅団麾下の66連隊より問題の命令が下達されるわけです。
もう一度繰り返して載せておきます。

(十三日午後二時)
連隊長より左の命令を受く。
旅団(歩兵第127旅団)命令により捕虜は全部殺すべし。
その方法は十数名を捕縛し逐次銃殺しては如何。

捕虜は全部殺すべきという命令は、それより上部の組織の命令としては出ていなかった様子です。
66連隊が独断で命令した可能性があります。以下そのチェック。
図でわかるように66連隊麾下には三つの大隊があります。
問題の命令は第一大隊ですが、第二大隊の陣中日誌を東中野教授は検証されています。

そこで、その陣中日誌を点検してみると、処刑命令が出たとの記録がない。
つまり、連隊長が傘下の部隊に命令した形跡がない。
従って、連隊長独断説は考えられないのである。

陣中日誌の定義をと思って探してみたのですが、明確な定義がないようです。
つまり兵士や将校が思い思いに陣中で戦闘の模様を書き記したものという事かと存じます。
第二大隊の陣中日誌をいくつ検証したのかわかりかねますのでここはちょっと判断保留。
第三大隊の日誌は検証されたのか質問してみたいですね。

次に第一大隊にだけ特別な命令を出したのかどうかを検討されてます。
当時の小隊長代理の軍人さんの証言をもって、連隊長以下でそのような独断ができないのでは?と考察されています。
私もここはそう思いますね。
投降してきた捕虜の扱いについては軍や師団など大きい単位での方針がありましょうから、それにそって下部は動くものと思います。
現に第13師団の「戦闘に関する教示」を示されています。
「多数の俘虜ありたるときは、これを射殺することなく、武装解除の上、一地に集結監視し、師団司令部に報告するを要す。」
日本軍が正常な指揮命令の形態を持っているのならばこのような方針の上で下部は動いていたはずなのです。

そして東中野教授は以下にこのように述べています。
「そうなると、考えられることは唯一つである。この戦闘詳報を作成した第一大隊に、何か問題があったのではないか」

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