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2007年1月 6日 (土)

「新しい歴史教科書」精読(1)

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明けましておめでとうございます。
本年から扶桑社の「新しい歴史教科書」の精読をシリーズとしてやってまいります。
もちろん慰安婦問題も続けます。

さてこの教科書ですが、私がよく行く日韓翻訳チャットの韓国人も名前を知っているほど「悪い方に」有名な教科書なのですが、実際どんなことが記述されているか知っている人は存外少ないのではないでしょうか?
許される範囲内で広くこれを伝えて、これからの日本を担うであろう子供たちへの影響を考えていこうと思います。

さて実際の生徒達向きの文章ではないのですが、西尾幹二さんの「市販本まえがき」を引用させていただきます。
全文引用にためらいがあってずいぶん考えたのですが、素直に感動したのでそのままの形でぜひ紹介させてください。

 本書は,『新しい歴史教科書』を,日本国民に広く読んでいただくために公開した市販本である。
 この教科書についてはかねてより,一部のマスコミなどが一般国民のとうてい容認しがたい行動を展開してきた。すなわち教科書の内容は国民に知らされていないのに,新聞だけが気ままな批判にふけったのである。また,韓国や中国が平然と反発したり,修正要求をしたりしてきた。新聞に書く特定の人や外国人は,この教科書について自分の意見を自由に述べることができるのに,日本の国民は自分の眼で読み,自分の頭で判断することが許されていない。これは不自然であり,不健康な状態である。
 国の内外でこれほどまでに熱っぽく議論される問題について,国民に基本的情報さえ与えられていない現状は,著しく公正を欠き,民主主義社会の要件を満たしていないとわれわれは考える。
「知る権利」の当然の行使とみなされてしかるべきである。
 他方,検定済み教科書は八種あるにもかかわらず,われわれの教科書のみを標的にして,政治的な誹誇・中傷が大新聞の紙上やテレビ・メディアでほしいままに展開された。本書をターゲットにした特定政治勢力からの批判本はすでに四種を数える。ところが,肝心の教科書の現物が公刊されないでいる間,悪罵ばかりが独り歩きして,われわれは現物を提示したうえでの反論ができない。これは,本教科書の執筆者や発行者の名誉に関わる重大問題である。このことは,まず言論の自由の問題であり,執筆者や発行者の基本的人権が脅かされている問題である。
 この教科書をターゲットにした批判は総じて叙述の細部に向けられている。しかし,文章の叙述は全体の流れにその生命がある。
令体を無視して,部分だけとりあげてあげつらうなら,正しい批判にはならないだけでなく,不当な意図的攻撃に終わりがちであるレ事実そのような不当な批判が大部分だった。これに反論するのに細部の議論をもってすれば,全体を知らない一般読者には水かけ論に見える危険がある。やはり叙述の全体をもって反論にかえさせていただくのが健全であり,この教科書にはそれに耐える内容が備わっているという自信をわれわれは有している。
 民主社会の言論においてはすべての反論権が認められなくてはならない。われわれは日本の市民社会に本書を静かに提供する。
これがわれわれの反論であり,愚かな批判をむなしくする有効なカウンターパンチ

それゆえ市販本を公刊することはわれわれの義務であるとともに,国民の側にとってはである
 各都道府県における教科書採択の進行中の教科書の出版は採択の現場に予断を与える,という奇妙な議論があるが,それなら採択の開始前からの一教科書へのマスコミの誹膀・中傷は,採択の
現場に予断を与えないというのであろうか。情報公開が広く求められている現代社会で,公権力による閉ざされた採択は,既成の教科書出版社を保護し,不公正を新たに招く可能性がある。教科,llの市販は,開かれた自由競争に基づく公正な採択を促す公共の精神に一致する。
 われわれ以外の七社の教科書も,ぜひ市販本を出していただきたい。国民はそれらをも「知る権利」がある。各社の教科書を簡肌に書店で手にし,比較し,議論する自由は誰にも保証されなくてはならない。教科書の採択は密室にこもるのではなく,公開の場で広く国民の討議に委ねられるべきである。採択権者がその声を静かに耳にし,判断を下すことは,採択の現場を混乱させるどころか,民主社会の要件である公開の精神に立脚した,独占排除の公正の感覚をより一層助長するものであるとわれわれは信じている。

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コメント

古いほうのつくる会教科書ですね。新しいほうは媚米的だと言われていますが、どうなのでしょう。

このたび瀬戸先生及び侍蟻さんのご好意により正式に新風連に参加させていただくことになりました。よろしくお願いします。

投稿: | 2007年1月 7日 (日) 21時04分

>耕さん

うわ、これ既に旧版ですね。
ご指摘ありがとうございます。
手元にあるのは平成14年度~17年度版のようですね。

18年度版が出ている今となって古い教科書を詳細に読むことに意義があるのだろうかと考えます。
ちょっと2,3日考えますね。

所で新風連正式参加おめでとうございます!
私既に加盟ブログの中に入れちゃってましたけど 笑
これからも緻密な文書期待しております。

投稿: 代吉 | 2007年1月 8日 (月) 00時39分

古いほうの教科書を取り上げる意味はあると思いますよ。
西尾幹二氏なんかは最初につくったほうの教科書が一番愛着がある、と発言なさっているようですし。新しいほうは岡崎久彦の手が入っているので、かなりアメリカよりだという批判もあります(私自身は古いほうしか読んでいないのでわかりませんが)。
古い教科書と新しい教科書を読み比べるなんてのも面白いかもしれません。

>これからも緻密な文書期待しております。
ありがとうございます。私も代吉さんの緻密な論証に期待しています(笑)。

投稿: | 2007年1月 8日 (月) 10時59分

>耕さん
そうですね。
批判本と併せて読んでいたもので、そうなると旧版の方が、当時どんな批判があったかを検証できてやり応えがあるんですよね。
このまま進めていく事にいたしましょう!
緻密な論証になるようにがんばりますよ!

投稿: 代吉 | 2007年1月 8日 (月) 11時22分

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