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2006年11月20日 (月)

吉見義明「従軍慰安婦」分析(9)

2 大量設置の時代へ

・南京事件前夜
上海以後の慰安所について書かれています。
私以前のエントリーで、軍直営の慰安所の存在について「灰色である」と書いていますが、岡部大佐の日記やら色々調べてますと、最初は直営のようですね。
ここで山崎正男少佐の日記の引用です。

先行せる寺田中佐は憲兵を指導して湖州に娯楽機関を設置す。
最初四名なりしも本日より七名になりしと。
未だ恐怖心ありし為、集まりも悪く「サービス」も不良なる由なるも、生命の安全なること、金銭を必ず支払うこと、酷使せざることが普及徹底すれば、逐次希望者も集まり来るべく、憲兵は百人位集まるべしと漏せり。
別に告知を出したる訳でもなく、入口に標識を為したるにもあらざるに、兵は何処からか伝え聞きて大繁盛を呈し、ややともすれば酷使に陥り注意しありしとのことなり。
先行し来れる寺田中佐は素より自ら実験済みなるも、本日到着せる大阪少佐、仙頭大尉この話を聞き耐らなくなったと見えて、憲兵隊長と早速出掛けて行く。
約一時間半にて帰り来る。
概ね満足の呈なり。


後半部分は女性には受け入れにくい文章だろうと思います。
しかし敢えて言いますと、男性であれば納得の行く内容が書かれていると思います。
しかしあまり男女でどうこうと言うのはよくないのでしょうが、吉見教授のこの引用についての論評が私にはちょっと理解できません。

占領直後ということもあって、地元の中国人女性が犠牲にされたのであろう。

犠牲という表現の仕方が既に感情的です。
日本軍が募集して、その募集に応じた女性にお金を渡して仕事をしてもらったのです。
それがなぜ犠牲という言葉になるのか理解できません。

自分におきかえて考えてみると、終戦直後に日本人女性がGHQ相手の慰安所で働いたことなど考えると、女性の事を思って平静でいられなくなる気分も、感情としてわかるのです。

しかしこの方は学者です。
学者が感情でけしからんなどと言うのはちょっと違うのではないでしょうか。
歴史学者というものは資料を積み重ねて、それによって妥当性があるかどうかで過去の評価を行うものではないのでしょうか。
この世に初めて売春業を作ったのは日本軍だと言いたいのでしょうか?

軍の参謀が憲兵を指揮して慰安婦を集めさせ、軍慰安所を設置しているのだ。
集められた慰安婦が恐怖を抱いていたのは当然であり、「酷使に陥り注意しありし」との記述には慄然たる思いにとらわれる。


「酷使しないようにいたわれよ」という意味の文章をなぜこんな風にねじ曲げて書けるのか理解に苦しみます。
察するに吉見教授はプライベートでこういう雰囲気の業種のお店には行かれたことがないのでしょう。
それはもちろん高潔な、尊敬すべきことだと思います。
では吉見教授が松井大将の立場だったとしたら自分がそういう店には行かないから兵にも行かせないという事でしょうか?

昨日のエントリーの内容の繰り返しになりますがそれでは強姦問題、性病問題をどう解決するつもりなのでしょうか?
倫理的な不潔感から高みに立って日本軍を断罪するの簡単ですが現実的とは思いません。
殺人が常識の場所にいる兵士にこのような倫理は通用しないと見るのが現実的思考です。

ここについてみなさんの意見を聞いてみたいです。
私の性道徳がおかしいのか吉見教授の非現実的な考えがおかしいのか。
私自身性をお金で買ったことがあるので私が判断するには不適かもしれないのです。



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コメント

ランキング トップテン入りまもなくですね。
応援しております。 ファイトーー!( ゚ロ゚)乂(゚ロ゚ )イッパーーツ!!

投稿: yuurin | 2006年11月20日 (月) 18時47分

むおお~
ありがとう~
更新がんばるよ~

投稿: daikichi | 2006年11月20日 (月) 19時21分

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