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2006年11月22日 (水)

吉見義明「従軍慰安婦」分析(11)

吉見教授は資料を大変精査して書いておられることはわかりますが、資料を読み解く時の解釈が偽善に満ちているということが段々判明してきました。

これからはそういう前提で読み進めていいかと思います。
慰安所が必要悪だという前提もなしに、潔癖感だけで日本軍を断罪されてもそれは的はずれと言うものです。

華北でも大量設置がはじまる

日本人の強姦事件が多発したために、華北でも慰安所が大量設置されたことが、
岡部直三郎参謀(この時は北支方面参謀長、中将)の通牒として紹介されています。

強姦が増えた→軍紀引き締め、慰安所設置

というのが日本軍の考えたことですが、
「強姦はけしからん」
「慰安所もけしからん」
と、吉見教授はどちらもお認めにならないご様子。
現実を知らないというのは気楽なものです。
岡部中将がにやにや笑いながら慰安所設置を指示したとでも言うつもりでしょうか。

華南の状況

1938年以降、中国南部でも慰安所が設置されていった経緯が述べられています。

中国東北での慰安婦移送計画

1941年、関特演のために日本軍が中国東北部(満州)に集結します。
吉見教授は、原資料は発見されていないが朝鮮総督府が深く関わっていたはずだとしています。
関与は明らかなのはもうわかってますからもう黙ってほしい。

3.陸軍中央と国家の関与をめぐって

軍の関与は明らかであると、あの手この手で述べています。
わかったから黙ってください。

4.どのような結果をもたらしたか

ここは深く見ていきたい部分です。詳しく読んでみましょう。
岡村寧次大将資料、戦場回想編にはこうあります。

現在の各兵団は、殆どみな慰安婦団を随行し、兵站の一分隊となっている有様である。
第六師団の如きは、慰安婦団を同行しながら、強姦罪は跡を絶たない有様である。


この岡村寧次さん(この当時は中将)は、11/18のエントリーでこういう日誌を残している人です。

海軍にならい長崎県知事に要請して慰安婦団を招き、その後全く強姦罪が止んだので喜んだものである。

南京が陥落しても終わらない戦で、軍紀が緩んできたのでしょう。
軍紀はともかく、何度もいいますがこの人は強姦がゼロにならないと納得しないのです!
と言いますかおそらく強姦がゼロになっても、何か他の粗捜しをして、日本は悪い事をしたんだという話にするのでしょう。

こんな学問的ではない著書でもって日本軍が悪逆非道の人間集団になってしまってはたまりません。

明日もこの項を分析していきます。

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コメント

「日本軍によって被害にあった声を日韓の若い人に伝え
受け止めてもらいたい」といわれたのだが、そういうことが
歴史を志したもの、歴史家の使命であると思った。
↑ こんな事をおっしゃってますね。吉見教授
日本軍が加害者であるとの前提で歴史を研究してらっしゃる
方のようですね。 私の様な無知な人間にもまっとうな歴史家とは思えませんが...

投稿: yuurin | 2006年11月22日 (水) 11時55分

yuurinさん 貴重な情報どうもどうも

吉見教授、バウネットとか高木弁護士とかとも繋がり深いからねえ。
日本を貶めるためなら歴史学者の責務も忘れてしまうのだろうかね。
イデオロギーって恐ろしいね。

戦わないと奪われるばかりなのか、と思っている所ですばい。

投稿: daikichi | 2006年11月23日 (木) 10時42分

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