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2006年10月 8日 (日)

吉見義明「従軍慰安婦」分析(3)

さて吉見教授の著書の分析三回目です。
最初の部分に要点が凝縮されていますので、ちょっとくどくなっていますが、序文の中の「問題の浮上」続きです。

韓国の女性団体が1991年に日本政府へ向けた共同声明が紹介されています。
一、日本政府は朝鮮人女性達を従軍慰安婦として強制連行した事実を認めること
二、その事について正式に謝罪すること
三、蛮行のすべてをみずから明らかにすること
四、犠牲となった人々のために慰霊碑を建てること
五、生存者や遺族に補償すること
六、こうした過ちを再び繰り返さないために、歴史教育の中でこの事実を語り続けること

かなり感情に走った声明ですが、総理大臣になったつもりで返答してみましょう。
一、強制連行の事実は認められません
二、存在しなかったことに謝罪はできません
三、日本は蛮行などしておりません。韓国軍がベトナムで行った蛮行なら捏造ではありません。
四、犠牲とは自分から慰安婦になった人ないしは女衒から騙された人については該当しません。
五、日韓基本条約で全て解決済みですので請求先は韓国政府となります。
六、省略

さて次の章
「政府は何を認めたか」
河野談話の内容の引き写しです

「政府は何を認めていないか」
1.運用の主体が業者であったかのような書き方は問題である。
2.アジアの他の地域の慰安婦についての言及が足りない。
3.お詫びは述べているものの、補償などを言っていない。
と注文をつけています。

1、については、直営の軍慰安所があったという確実な証拠はありません。
肯定派がよく言う資料として麻生徹男軍医の証言があります。秦さんの著書より引用します。

しかし兵站司令部の直営と思われるこの楊家宅慰安所は、受付に軍服姿の下士官が座る官僚統制式の固苦しさから、下級兵士は利用をためらい、あまり人気が出なかったようだ。

証言をそのまま引用されていますが、この証言を裏付ける軍直営のものである証拠は見つかっていません。譲ってもこれは灰色ですね。
2、については後日設置されるアジア女性基金の活動により、他のアジア諸国への対応を行いました。
3、政府直接の補償は1965年の条約がある以上できませんが、女性基金に政府が出資していることから、間接的に補償をしていると言えます。

インドネシアで暴走した日本兵がオランダ人女性を強制的に慰安婦にした事例以外は、強制性のある事例というのはないですね。何度も何度も言いますが、女衒に騙されたのは日本軍の責任ではありません。日本の軍服を着て騙していた女衒についても同様です。
証拠を隠滅したのだろうとかまた言われそうですが、それは石原官房副長官の発言を読んでもらう以外ありません。
当時も今も、犯罪は数多く存在しています。国が犯罪行為の主犯だったら国の責任は認めてもらって、被害者を国の責任で救済するのは当然です。
しかし国が推進した慰安所設立という事業は、実務は全て売春業者が行った事です。その管理は軍なり警察なりがやったと思います。
その売春業者が犯罪を行ったからと言って「全ての責任は慰安所を設立した日本軍と日本政府にある」などというのは無茶な話です。

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慰安婦関連ニュース

今日も二回更新します。慰安婦関連の現在の記事を二件紹介します。

村山・河野談話、個人としても受け入れ 安倍首相答弁

安倍首相は5日の衆院予算委員会で、アジア諸国への「植民地支配と侵略」を認め、謝罪した村山首相談話について「国として示した通りであると、私は考えている」と述べた。従軍慰安婦問題で軍当局の関与と「強制性」を認めた河野官房長官談話に関しても「私を含め政府として受け継いでいる」と答弁。首相はこれまで両談話について「政府の立場」を説明してきただけだったが、個人としても受け入れる考えを初めて示した。

http://www.asahi.com/politics/update/1005/013.html

民主党の管代表代行の質問に答えたものですが、野党にとって歴史認識はいい攻撃ネタであったようです。
慰安婦問題、東京裁判問題、どちらを質問しても便利です。
もし「過去の政権の言ったことは正しい」と言えば、強気の外交を期待している支持層を崩せるかもしれませんし、
「過去は過去、私の認識は違う」と言えば中国や韓国も反発せざるを得ませんし、関係改善を望む世論にも背くことになります。
難しい所ですが上手に乗り切ってほしいものです。


さてもう一件です。
米議会の慰安婦決議案、採択見送りへ 日本側の説得で

中間選挙(来月7日)前の審議が9月末に実質的に終了したことで、米下院国際関係委員会を通過していた慰安婦問題に関する対日非難決議案は、本会議では議案にならないまま、採択されない見通しが強まっている。米議会関係者に対する日本側の説得が功を奏した格好だ。

http://www.sankei.co.jp/news/061001/kok006.htm

以前のエントリーでも紹介したこのアメリカ下院での動き、採択されない見通しです。
やれやれといった感じですが、本当にうんざりさせられるのはこのニュースです。



連邦下院「慰安婦決議案」 自動廃棄憂慮

アメリカの連邦下院国際関係委員会が9月13日に満場一致で通過させた、第二次大戦当時の日本の従軍慰安婦動員に関する決議案(下院決議案759)の本会議処理が難しい見込みだ。
決議案の本会議通過運動を展開している韓米連合会(KAC)などの主要団体は、連邦下院が先月30日から11月7日の中間選挙まで臨時休会に入っているうえ、選挙後の残り会期があるとはいえ既にレイムダック会期なので議員らの関心を呼ぶのは難しいという点を憂慮している。
このため各団体は、デニス・ハスタート下院議長とジョン・ボーナー共和党院内総務の事務所あてに、本会議上程と通過を要求するファックスを送る運動に総力を傾ける方針だ。

KACのチャールズ・キム全国会会長は、「現時点では通過可否は五分五分だ」としたうえで、「既に該当の議員の事務所には約2万通のファックスを送ったが、終盤の決議案通過を成功させるべく可能なすべての方法を動員する計画だ」と語った。

http://www.koreatimes.com/article/articleview.asp?id=341023 (韓国語)
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=pmilitary&nid=32490

百歩譲って気持ちがわかるにしても2万通のファックスというのは何事でしょうか?
こういうことが起こると決まって韓国側は「日本のロビー活動に阻まれた」というような発言をするのですが、ロビー活動は悪くて公衆道徳をわきまえない2万通のファックスはいいのでしょうか?

この国は、ゴリ押ししたいことがあると今まで以下のような手段に訴えてきた事を我々は事実として知らねばなりません。



500万名署名すれば再競技?確認携帯電話文字に FIFA ホームページダウン

韓国ワールドカップ代表チームが釈然としない審判判定でスイスとの競技で敗れた 24日人々の間には出処が不確かな文字メッセージが急速に拡散している。
国際サッカー連盟(FIFA) 公式ホームページ(
www.fifa.com)で 24時間の内に 500万名以上が署名すれば再競技をするという公知を浮かべたということ。
あれほど代表チームの 16強脱落が惜しかったのだろう。 文字を受けた人々はまさかまさかしながらももしやする心にこの文字を近い知人たちに回している。
また実際にこのような告知事項があるのか可否を確認するためのネチズンたちの接続が急増して FIFA 公式ホームページは数時間目マヒ状態だ。
ここに私たちサッカー協会ホームページ(
www.kfa.or.kr)に審判判定に対する抗議を 24時間の内にすれば再競技をするようになるという文字メッセージさえ回っている。 この文字メッセージは
「審判判定に異意があれば 24時間以内にしなければならないのが FIFA 規定です. 回してください」となっている。

http://news.naver.com/news/read.php?mode=LSD&office_id=143&article_id=0000031034&section_id=105&menu_id=105?is_status=http%3A%2F%2Fnews.naver.com%2Fnews%2Fread.php%3Fmode%3DLSD%26office_id%3D143%26article_id%3D0000031034%26section_id%3D105%26menu_id%3D105(韓国語)

W杯は確かに世界的なイベントですが、勝敗に不満があったと言っても騒ぐ手段が常軌を逸しています。
これがごく一部の心ない人達の行動と感じる人もいるかもしれませんが、韓国には国の支援を受けて以下のような行動を取る団体があることも知らねばなりません。
このような土壌があってこその米国での行動であり、このような土壌があってこそのW杯での狂乱があっていることを知らねばなりません。

VANK、全世界の教科書是正運動に着手 

 1万2000人のネチズンからなるサイバー民間外交使節団「
VANK」は27日、3・1節(韓国の独立運動記念日)を迎え、全世界の教科書出版社と学校の図書館を対象にする「韓国誤びゅう是正運動」に着手すると明らかにした。
 VANKは、「全世界の学生の韓国に対する認識を形成させる外国の教科書に、東海(トンへ)を日本海に、また韓国を中国や日本の属国で貧しい農耕国家に記述している」とし「こうした教科書の間違いを指摘し、韓国を正確に理解するために必要な資料を伝え、大々的な改善を求める計画」とした。
 これにより、VANKは、独自構築した「オンライン教科書誤びょう是正網」を通じて米州、欧州、アジア地域の約300の教科書出版社を解消に、教科書の改善を要求する電子メールを送る一方、教科書内の「日本海」表記に対する抗議のメール送信、東海と表記された
英文の世界地図の普及、21世紀大韓民国の模様を収めたeカード送信運動を取り組む。
 VANKの企画団長を務めている朴ギテ(29)さんは、「韓国に対する外国教科書の記述に間違いがあるという指摘がなされて久しいが、いつも問題提起で終わってしまった」とし「ネチズンの力を借りて全世界の教科書記述の間違いを全部正したい」と抱負を語った。

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2003/02/27/20030227000026.html

この、VANKという組織ですが、wikipediaの解説によると
「韓国のサイバーテロ団体であり、反日団体であるVoluntary Agency Network Korean(VANK) 」となっています。
世界中の情報に目を光らせて韓国に都合の悪い記述などを発見すると集団の力でメール攻撃やスクリプト攻撃をしたりして抗議をする、というのが主なイメージとなっています。
今回の米下院の慰安婦関連議案にこのVANKはどのくらい関わっているのか現時点でわかりません。
今までこの団体のやってきた有名な成果として、日本海呼称問題でのものがあります。
「日本海」という名称が日本帝国主義の残滓だと主張するVANKは、グーグルアース、米ライコス社にサイバーテロ攻撃をしかけ、日本海と並列して「東海」という名称を記載させることに成功しています。

http://konn.seesaa.net/article/6820850.html
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/4076/seaofjapan.html

このような正気を疑うような抗議行動に付き合うのは日本人の感性では物憂く感じられるかと思います。
しかし実際に成果を挙げていて、なおかつこの組織の行動は韓国の国ぐるみのものであることを考えると、同じレベルに立つことを厭わず、声高に主張を返していかないといけません。

私たちはVANKのような抗議行動を取ることは潔しとしません。
とにかく日本人のやり方で、「真実はこうなのです」と世界に情報を発信せねばなりません。
そのためには日本人一人一人が、正確な情報に目覚めないと始まらないのです。
記事の元がハングル語であったりすることからもおわかりのように、日本の新聞はこういうことを伝えたがりません。
新聞とテレビしかない時代には知らないままでいなければならなかった情報について現在我々は、インターネットを通じて知ることができるわけです。

世界の諸々の事象を全て生存競争で見られるとするのならば、相手の事を知り尽くしている人間と、相手の事を何も知らない人間とで競争すれば、知っている人間の方が勝つのです。
我々は知らねばなりません。近くの国の本当の姿を知らねばなりません。

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2006年10月 7日 (土)

吉見義明「従軍慰安婦」分析(2)

20020531sakurai

序章の「問題の浮上」続きです。

秦教授の著書によると
「日本軍の関与は誰でも想像でき得ることで、関与を示す文書も研究者なら誰でも知っていることだ。今さらニュースになるようなことではなかった」という主旨の事を言われていますが吉見教授の側は違う主張をされています。

なぜ隠滅されたはずの資料が残っていたのだろうか。これらは、敗戦直前、空襲を避けるために八王子の地下倉庫に非難させておいたため、連合国軍に接収されてアメリカにわたり、のちに返還されて防衛庁防衛研究所図書館に保存されていたのだが、この資料群の中に慰安婦関係の資料があるとはだれも思わなかったために、見過ごされていたのである。

はて、秦教授は「周知の事実だった」というこの資料、吉見教授は「あるとはだれも思わなかった」と書いています。どちらが本当なのでしょうか。
防研図書館がどういう場所なのかわかりませんが、こちらを見る限り、申込用紙を書けば誰でも調べ物ができる所のようです。
その図書館にあった資料を、一人は「研究者なら誰でも知っていた」と言うし一人は「あるとは誰も知らなかった」と言っています。
秦教授が嘘を言っている可能性もありますし、吉見教授が「他の人は知らなかった」と思っている可能性もありますが、私は吉見教授も朝日新聞と同じく、清水局長の失言を最大限に利用したい心理が働いていたのじゃないかと思っています。
隠滅の意図があったかどうかに関しては、いくら調べたところで白黒がハッキリ決着する問題ではないため、結局最後は「私は隠滅し忘れだと思っている」「私はそう思わない」みたいな話になってしまうと思います。

水掛け論になってしまう事なのでこれ以上は控えますが、ジャーナリストの櫻井よしこさんが、このとき当事者であった石原官房副長官にこのような取材をされています。
当事者サイドの意見としてそれをご紹介いたします。

石原信雄氏に「本当にそういう資料はないんですか」と聞きました。
敗戦の時に、役所で都合の悪い書類を山のように積み上げて燃やしていた、と言う証言はいくらでもありますから。しかし石原氏は「あくまで推測だけれども、それは不可能だと思う」と答えました。
「終戦当時は、(慰安婦について今日のように厳しく批判的な)問題意識はなかったんですから、(慰安婦関連の公文書や資料を)全て処理したとは、理論的に考えにくい。米軍に狙われたのは、特に特高警察、思想犯に関する資料ですね。炭鉱などへの労働者の強制連行の資料も、焼かれたものもあったようですが、それでも労働省や厚生省、それに地方の役所などから(戦後になって)出てきてますからね。慰安婦関連で、強制募集、強制連行の部分だけを全て処理したことはあり得ないと思います」
原氏はそう言うんです。
それに対して私は「省庁が資料を隠しているとは考えられませんか?」と訊ねました。それに対して石原氏は「そこまで疑ったら、やっていけません」と憮然として応じました。
「でも、HIV訴訟では厚生省は資料を隠しましたよ」と重ねて尋ねると、石原氏は「薬害エイズのときには、総理大臣や厚生大臣が出せと言ったのを隠したわけではない」と答えました。(略)
当初、厚生省は裁判が始まった1989年から和解成立の1995年まで六年にわたって都合の悪い資料を隠していました。いくら弁護団が請求しても出さなかった。ところが菅厚生大臣が一言「出しなさい」と命じて、隠したりしたら、厚生官僚一人一人の責任を問うという姿勢を見せると、たちまち、危険な非加熱製剤を放置していたことに厚生省が関与していたことを示す資料が山のように出てきました。
つまり、従軍慰安婦の資料に関して、宮沢首相、河野官房長官が「出しなさい、集めなさい」という命令を出したにもかかわらず、関係各省庁が隠すことはあり得ない。そこまで疑ったら日本は国家として機能しない、と石原氏は言うのです。官僚的な発想ではありますが、説得力がなくもない。

薬害エイズの時の状況と慰安婦問題の時の状況を比べてみると、薬害エイズの時の方が、官僚としては隠したい意識は強く働いていたのではないでしょうか。
薬害エイズの時は、非加熱製剤を続行して使った時の責任者もまだ省庁内に在職していたはずです。当然隠したいという気持ちは働いていたでしょう。しかし菅大臣の「出しなさい」で出てきた。
慰安婦問題で、もし日本軍が強制連行していたとしても、戦後46年も経った状態で当時の関係者が在職していたとは思えません。
さらに言うと所轄の大臣だけでなく総理大臣と官房長官も「出しなさい」と言っているわけです。
これで「隠していない」という証拠になるとは思えませんが、私個人も、この問題が顕在化する前に、漫画などで日本軍と慰安婦の事を扱ったものを読んでおります。とても軍が無関係など想像できない描かれ方でした。
漫画を根拠にしたりしたら怒られそうですが、秦郁彦さんの調べた限りでは、1950~1960年代に多数の文学作品が慰安婦のことを描いていたようです。
・田村泰次郎「春婦伝」
・山崎朋子「サンダカン八番娼館」
・辻正信「十五対一」
・品野実「異域の鬼」
・玉井紀子「日の丸を腰に巻いて」
扇情的に描いたものも多かったようです。「身の毛もよだつ娘子軍の話」「軍需品の女」「売春婦となった従軍看護婦たち」
この本の中を確認したわけではありませんが、慰安婦と軍が関わりがあったというのは、当時戦場にいた誰もがわかっていたことだったのではないでしょうか。

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チャットで韓国人に聞いてみました

チャットログ公開は、私が大変お世話になっている「月見櫓」というサイトで名物になっているものですが、私もやってみます。

韓国人の若者に慰安婦のことについて聞いてみました。
チャットのログ掲載については本人さんに了承をもらってますが、名前は変えています。
前提条件として頭に入れてもらいたいことは、韓国では、勤労奉仕であった挺身隊が慰安婦と混同されて同一のもののように見なされていまして、このチャットの翻訳でも区別されずに一緒くたにされています。
話の途中でその部分の誤解を解くために繰り返して解説しておりますが、雰囲気を正確にするため敢えてそのまま載せています。
翻訳不全による重複、明らかに誤打以外はそのままにしています。

吉見教授の著書研究は継続して行っていきますが、本日は連休サービスで二回更新します。

korea:こんにちは(さようなら)

daikichi1966 :こんにちは

daikichi1966 :
慰安婦問題について質問ですが 慰安婦の存在が問題だと思いますか それとも強制連行が問題だと思いますか?
         
korea :
私の考えは...

daikichi1966 :
はい

korea :
慰安婦の存在と強制連行等.. 問題になると思います
   
daikichi1966 :
両方が問題になるということですね では順番に行きましょうか
   
korea :
はい

daikichi1966 :
まず 存在としての件を先に話していいですか?
    
korea :
良いです

daikichi1966 :
はい まず慰安婦の存在としては 当時売春自体が違法ではありませんでした

daikichi1966 :
当時は合法でした。これについてはいかがお考えでしょうか?
   
korea :
あ!! 当時には合法でしたか

daikichi1966 :
そうです。日本では 四十年前くらいに違法になりました。akasen-bousihouと言う名前の法律です。

korea :
あの時の韓国が日本所有であったと思いますか
    
daikichi1966 :
それは別の話題として扱いましょう。論議が拡散してしまいますからね
   
korea :
一応 1966様の考えを言ってくだされば, 返事が 2種で出ます

daikichi1966 :
はい 当時は日本でも 併合前の大韓帝国でも 売春は違法ではありませんでした。

korea :
そうです.. ~~

daikichi1966 :
ですから 慰安所の営業も 違法ではなかったと考えます
      
korea :
その当時違法では確かになかったです. 私もそのように思います
    
daikichi1966 :
そこについて同意いただければ 次の話題に移りましょう
         
daikichi1966 :
次は強制性の問題ですね 

korea :
次質問してください

daikichi1966 :
強制連行というのは どのような行為と考えておられますか?
       
daikichi1966 :
私は 女性の意思を無視して 連行することだと考えています
         
korea :
一つお分かりたいことがあります
 
daikichi1966 :
はい

korea :
日本にも従軍慰安婦がいたんですか
 
daikichi1966 :
はい 慰安婦の割合は 日本人:韓国人の比はは3:1でした

korea :
それなら日本側日本女たちの反応はどうですか
    
daikichi1966 :
身売りなどで親に売られた貧しい家の子女が多かったようですので みんな仕方なかったと捉えているようです
                
korea :
そうですか

daikichi1966 :
日本人で裁判所に訴え出た人は さんざん調査しましたが いないようですね。

daikichi1966 :
在日韓国人なら一例確認してます。

korea :
日本刀,日本女性の従軍慰安婦がいたなんて, 人間として,慰労させていただきます.

daikichi1966 :
恐れ入ります。しかし私がお礼を言うのも妙ですね。

korea :
現在の問題になることは人権染躪等の,問題点があります. 人権侵害.

daikichi1966 :
と言いますか 現在でも貧しくてセックスを商売にしている女性はたくさんいますから
            
korea :
それとは次元が他の,問題です.

korea :
現在韓国でも貧しくてセックスで商売する女性もいるものと決まっています.

daikichi1966 :
そうですね。人権侵害の事を話しましょうか。

korea :
はい

daikichi1966 :
それについて考えを述べます。

daikichi1966 :
主体が 旧日本軍だったら 重大な人権侵害です。

korea :
そうです.

korea :
問題はそれです.

daikichi1966 :
親による身売りや 売春業者が娘を欺いた ということだったら 問題は少し違います
      
korea :
親でも,個人の人格を無視するかも,無視してもいけないです.

daikichi1966 :
そうです。親でも問題です。

daikichi1966 :
娘さんの人格を無視して連れて行ったのは 誰だったと考えますか?
       
korea :
それは,,,間違いのようです. 韓国では親を説得して強制連行しなかったです.

korea :
無力で強制連行しました..

daikichi1966 :
いえ、親が説得した というのは違いますね

daikichi1966 :
貧乏なので 娘を売らないと 生活できなかった時代が 韓国にも日本にもありました。
        .
daikichi1966 :
米1.8リットルで娘を売ったという記録も残っています
      
korea :
その問題は,時代状況のようです.

daikichi1966 :
その通りです。
.
daikichi1966 :
日本では yu-kakuと言うところに娘が売られていきました

daikichi1966 :
韓国では ki-senという場所に売られました

korea :
しかし,時代状況だとグムンゼ易しく扱えば, できない問題が所持されます.

daikichi1966 :
はい つまり その場合は 貧しかった時代が 犯人と考えています。

daikichi1966 :
親による問題は 時代が貧しかったのが原因と考えています。 次が最大の問題です。

korea :
すなわち,その時代の状況がそうだったら, 今現在では問題になるのです.

daikichi1966 :
そうですね。しかし現代でも東南アジア、インドでは貧しい女の子が ビール何本かの値段で体を売っています。

korea :
当たりますそれが正しいと思いますかあなたは
   
daikichi1966 :
痛ましいことなのですが、その国の政府に頑張ってもらう以外ないと考えます。

korea :
当たります力が強い国家が自分の国家を守ることができます.

daikichi1966 :
産業を興して 外貨を獲得して 富裕にならねばならないと思うのです
          
korea :
力がない国家なら, あっても,仕方ない状況です.

daikichi1966 :
そうですね。悲しいことですが。。。。

daikichi1966 :
しかし 私がそのような貧しい人に 自分の生活をなげうって援助とかまでは とてもできません

korea :
もし日本が下位 100位の後進国なら, 売春等の仕事を米軍にしても,正しいと思いますか
 
Korea :
国家的には希望的です.

korea :
しかし,それは血なまぐさい事です.

daikichi1966 :
日本もやっていましたよ。1945年の敗戦の時に アメリカ兵相手に性を売っていました。

korea :
韓国もそうしています.

daikichi1966 :
それからも パンパンという名前で 米兵相手の女性が存在していました。

korea :
まさにここで,ヒムイッヌンザとオブヌンザの差異です.

daikichi1966 :
国が貧しいと 女性がそういう目に遭ってしまうということですね
         
korea :
そうです. しかし, 正しくない行為です.

daikichi1966 :
しかし私も性風俗の店に行ったことがありますので 偉そうな事を言えないのです。
            
korea :
これは個人の問題ではないです.

daikichi1966 :
関係ない話題ですね すみません
   
korea :
国家的なムックインハに性行為なら,

korea :
それは.. 正しくないです.

daikichi1966 :
せめて そういう仕事をする女性に 尊敬の心を抱きたいと考えます
          
daikichi1966 :
さて 国家の話に移りましょう
    
korea :
他の論点一つ提示します..
   
daikichi1966 :
はい

korea :
中国はどうだと思いますか
 
daikichi1966 :
調べていないので何とも言えません
       
korea :
そうですか

daikichi1966 :
戦争中に日本軍が中国の各地に慰安所を設立したことは調べましたのでわかっています
          
korea :
それでは原点に帰って来る.. 強制連行に対して申し上げます.
 
daikichi1966 :
はい

korea :
強制連行というのは国家的な次元でした.
 
korea :
すなわち,個人が性行為を売買したのではないです
    
daikichi1966 :
はい

korea :
そうだったら,国家を恨みますか 個人を恨みますか 当事者立場(入場)なら

daikichi1966 :
日本は軍隊として 慰安所を運営しました
    
daikichi1966 :
騙した人間を恨むのが本当ですが 感情では日本軍を恨むと思います

korea:
そうだったら,, 日本の軍隊は仕事をしたのではないと思いますか

korea :
私も,韓人間だが, 韓国民です.

korea :
旧日本軍隊もイルボンゴッでした.

daikichi1966 :
説明申し上げます
 
daikichi1966 :
日本軍以外の人間に騙されて慰安婦になった人間が 騙した人間に対してではなくて 日本軍に賠償を求めるのは 感情の面ではわかりますが 賠償の筋合いとしては 違うと思います。
                     .
korea :
もしこれが,自発的だったら, 賠償する要求もないです.しかし, 強制連行という焦点があります.

daikichi1966 :
日本軍が戦争中に「騙して連行させる 日本軍の名前を偽って連行する者がいる。そう言うことがないようにせよ」と命令した文書が残っています
      
daikichi1966 :
日本軍が騙して連行したということでは ないのです
      
daikichi1966 :
言い方が悪いのですが 日本軍の関与はあくまで プロの慰安婦に対する商行為として 関わっていたのです
            
korea :
資料にそれほど残っていますか
   
daikichi1966 :
はい ちょっと紹介したしましょう
      
korea :
そうだったら,これは間違い日数もあります.

korea :
歴史は勝利者の義解使われます.力がなかった,朝鮮の政府がそうでした.

korea :
係わる資料なら, 残すによりけりです. 問題になる地点は強制連行部分なのに.そこに対する考え見解です.

daikichi1966 :
資料ありました 陸支密大日記というものです
   
daikichi1966 :
副官より、北支方面軍及び中支派遣軍参謀長宛 通達案

支那事変地に慰安所を設置するために、内地において従業婦(慰安婦)を募集するにあたり、
・ことさらに軍部了解などの名目を利用しその結果、軍の威信を傷つけると同時に一般民の誤解を招く、おそれがあること
・従軍記者や慰問者などを介して統制なく募集し(その結果)社会問題をひきおこす、おそれがあること
・募集の職務に任じる者の人選に適切さを欠くために、募集の方法が誘拐まがいで警察当局の検挙・取調べ受けたこと
(そのような事がらが)ある等、注意を要することが少なくない。したがって、将来、これら(慰安婦)を募集するときには、
・その(慰安婦の募集)実施にあたっては、関係地方の憲兵及び警察当局との連携を密にすること 
・そのようにして、軍の威信保持ならびに社会問題の面で手落ちがないように配慮していただきたい

このような通達です。

korea :
そうだったら,賠償要求は韓国でばかりしますか

korea :
これらは 1930年代から 1945年日本が敗亡するまで強制で電線に引かれて行って日本軍人たちの性奴隷で人権を踏み躪られたし, 前後にも肉体的・精神的苦痛で手に負えない生活をしている. 韓国, 日本, 中国, フィリピン, インドネシアなど多くの国女性たちが強制で動員されたし, 当時日本の植民地だった韓国女性たちが一番多かった. 各国被害者たちと民間団体及び政府, UNを含めた国際機関が日本に真相糾明と正当な賠償を要求しているが,日本政府はしないです
日本, 韓国, 中国, フィリピン, インドネシア等地で多くの女性たちが隠密ながらも体系的に軍隊慰安婦で動員された. すべて数字は少なくは 5万人で多くは数十万にのぼることで推定されている. 特に当時植民地だった我が国で一番多い数が動員されたが正確な数字は確認することができない.

daikichi1966 :
それもわかります

korea :
はい

daikichi1966 :
どちらの出す資料も 軍が強制連行の主体ではないのです
         
korea :
ここで論点は
 
korea :
そうだったら、従軍慰安婦という, 名称はどう思いますか
 
daikichi1966 :
戦争当時には使われなかった言葉です。日本の千田夏光という作家が1973年に使ったのが最初です

korea :
昔の表現はこのようです.

daikichi1966 :
ianhuという言葉は 存在していました juugun iannhuという言葉がなかったのです 
 
korea :
これは自発的に軍を付きまとった慰安婦という意味で強制で性奴隷生活をしなければならなかった日本軍隊慰安婦の実際を隠そうと日本が作り出した用語だ. 現在公式的な用語では韓国, 中国など漢字文化圏では ‘日本軍隊慰安婦’, UN など国際機関を含んだ英語圏では ‘日本による性奴隷’(Military Sexual Slavery by Japan)が使われている.

korea :
表現に対してどう思いますか
   
daikichi1966 :
戦争中に日本で使われた文書に「juugun ianhu」という言葉は存在しません。「ianhu」という言葉ならたくさん登場してます
    
daikichi1966 :
朝鮮ピー という蔑称も使われたと わかっています
      
daikichi1966 :
しかし juugun ianhuという言葉は どこを探しても一つもありません

korea :
当然存在しないです~

daikichi1966 :
はい 日本人が1973年に作った言葉です

korea :
表現を慰安婦で表現した理由であるすなわち, グピョヒョンが当たる思いますか
    ,   
daikichi1966 :
ianhu ですか? juugun-ianhu ですか?

daikichi1966 :
あと グピョヒョンがわかりません
   
korea :
従軍慰安婦という表現はご存じですか.

daikichi1966 :
juugun-iannhuですね?わかります

daikichi1966 :
翻訳の間違いを防ぐために ローマ字で表現しています
       
korea :
日本ではこのような問題を.. こんなに扱っていることで分かっていました.

daikichi1966 :
「軍属のianhu」と言う意味になります
   
korea :
1995年 7月日本政府は ‘女性のためのアジア平和国民基金’を設立する. この基金は日本政府が法的な責任は回避しながら道義的な責任だけ負うという主旨で設立したことで被害女性たちと市民団体では強力に反対している. 1998年 4月下関地方裁判所で日本政府の賠償責任を認める裁判結果が出たりした. しかし日本最高裁判所でこれを棄却することで無效になってしまった.

daikichi1966 :
少し話が変わりますが 基金について話しましょうか
1965年の 韓日基本条約の最後に「今まであったことについて 韓国と日本との間に 今後いかなる請求もお互いにしない」という文章があります
   
korea :
良い資料です.~

daikichi1966 :
ですから 法律的には賠償が不可能なので 代替措置として 基金を設立したのです
         
korea :
それだから私もにチァムウルします.

daikichi1966 :
そこまで無理な話とは思わないのですが 韓国では2004年まで 基本条約が公開されていなかったという事情がありますので
         
korea :
間島"というのが分かりますか
 

daikichi1966 :
挺対協の方たちの言うことも 気持ちはわかるのです
         
daikichi1966 :
間島?知りません
 
korea :
間島というのは昔の朝鮮の地として日清戦争時日本が清に渡してやった地を言います.

daikichi1966 :
そうなのですか
 
korea :
グタングは中国に返還要請を何度したが,

korea :
日本植民地の条約だから返還要請をしたが,中国は徹底的に無視しました.

korea :
その上に,南韓ではグムンゼに対しても言えないです.

korea :
北朝鮮という国と統一に升は捜すことができる地です.~

daikichi1966 :
ちょっと間島はわかりません
   
korea :
しかし朝鮮王朝薬は朝鮮殖民化の時条約で確かに,間違いがあります.

korea :
朝鮮の主権を無視して渡してやった条約でした.

daikichi1966 :
日本が間島を中国に譲ったようですね
      
korea :
これと同じくすべての主権は日本が持っていました強制連行も同じな脈絡です.

daikichi1966 :
あまり話題が変わりすぎです。間島は置いておきましょう
 
korea :
私の話す論点は株券が日本にイッオッダは点です.

daikichi1966 :
決して議論で言い負かそうなどとは思っておりませんので その辺はご了承を
         
korea :
主権が日本にあったから,強制連行も仕方ない朝鮮がでありました.

korea :
お金が貧しくて性奴隷に持ったなかったという論点です.

daikichi1966 :
身売りや売春業者に騙されてianhuになったのは 日本軍の強制連行とは呼べないと思いますが
    
daikichi1966 :
悪平等ですが 日本人女性も同じ状態でしたからね
      
korea :
あなたが分かることは極めてイルブブンインドッします.~

korea :
なぜなら,

daikichi1966 :
はい

korea :
だまされたという表現を書くが.. それは売春婦に当たる事項で,

korea :
私の申し上げる部分は
 
daikichi1966 :
そうですね
 
korea :
幼い少女も強制連行になりました.

korea :
16歳など... 売春をしない少女も強制連行しました.
   .
korea :
これは確かに事実です.
  . 
daikichi1966 :
韓国ではteisinntai と iannhu が同じ翻訳になっているらしいですね それはとんでもない誤解ですよ
      
daikichi1966 :
挺身隊問題対策協議会 ご存じでしょうか
      
korea :
先立って申し上げたように,

korea :
従軍慰安婦問題対策協議会は
 
daikichi1966 :
はい

korea :
本文に次の通りです.

daikichi1966 :
ああ 日本語では teisinntai と iannhu は別なんです

daikichi1966 :
teisinntai は工場労働者など iannhuは sexサービスです

korea :
翻訳間違いですか
 
daikichi1966 :
はい 同じ翻訳になるようですね
      
korea :
そうだったら,論点をまた言ってください
 
daikichi1966 :
teisinntai問題対策協議会の代表で尹貞玉さんという方がいらっしゃいます

daikichi1966 :
この方が teisinntaiとiannhuを 同じものと勘違いされたのが原因です
 
korea :
慰安婦と従軍慰安婦差ですか
 
daikichi1966 :
teisinntaiは 十代の少女も動員され 工場労働などに拠出されました。日本でも同じ制度がありました
    

daikichi1966 :
teisinntai は 労働者を強制的に集めた事です 日本の「国家総動員法」による「国民徴用令」によって動員されました
 
korea :
翻訳が理解ができません..

daikichi1966 :
iannhuは 軍が主に売春業者に命じて sexサービスをする女性を集めたのです。両者が現在混同されています

korea :
teisinntai 労動者を意味しますか

daikichi1966 :
そうです 労働者や販売員などです
   
daikichi1966 :
現在まで teisinntai名目で募集された人間が iannhuになった例は 日本はもちろん 韓国側の調査でも 一件も確認されていません
       
Korea:
慰安婦が teisinntai のような脈絡ですか
 
daikichi1966 :
動員された体系が全く違います。

korea :
すなわち, 性奴隷 (x) 性勤労者ですか

daikichi1966 :
軍と業者との商業契約が iannhu制度です

daikichi1966 :
軍が国民に対して 「働ける者は全部工場労働などをせよ」と命じたのが teisinntaiです
 
korea :
よく貧しくて学べない女性たちが軍需工場の就職するために入って行ったとマンイドルアルでいらっしゃるのに

korea :
普通は閭閻集箱入り娘たちが大分を占めたし , 当時女学校学生(高等教育受けた

daikichi1966 :
貧しいのは関係あったのかどうかわかりませんが 年齢は条件になっていたはずです
            
korea :
当時としても秀才だった ) 女学生たちの徴兵資料も見えます.

daikichi1966 :
女性ですから 徴兵(tyouhei)という言葉は似合いません 徴用(tyouyou)がいいようですね

korea :
翻訳間違いです.

daikichi1966 :
了解しました 
 
korea :
変えて言います.当時朝鮮の士大夫箱入り娘集の女人も徴用されました.

daikichi1966 :
そうだと思います
 
korea :
そうだったら, 勤労者と,売春婦の差異が論点です.

daikichi1966 :
差異は すごくありますね
   
korea :
軍医相互協力で勤労者をチァックツルして慰安婦で強制連行ですか
      
daikichi1966 :
逆に質問ですが 2004年に 韓日基本条約のことを初めて聞いた時 どう思われましたか?

daikichi1966 :
勤労者をiannhuにした例は 韓国側の調査でも 一件もありませんよ
      
korea :
お客さんが尋ねて来ました.

daikichi1966 :
はい 了解です



事実を示していって、「本当はこうなんだ」という話をしても、なかなかわかってもらえない事が感じていただけると思います。
いかに強く「日本は悪だ」と教育されているのか伺いしれます。話題を変えたりそらしたりされることが多いのですが、こういうのは韓国人と話していると日常です。前提としての教育も間違っていて、言葉も間違っていて、そして信念として「日本軍は悪いことしたに決まっている」というのがありますので、誤解はなかなか解けませんし、解けた所でそれは韓国人にとっては認められる事ではありません。
救いがありませんが、我々は事実は事実としてわかっておかねばなりません。

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2006年10月 6日 (金)

吉見義明「従軍慰安婦」分析(1)

Photo_18

なぜ韓国の慰安婦についてだけが強烈に恨として残って、他地域とは落差があるのかを考えていましたが、どうもピンと来ません。

事を朝鮮半島の民族性に帰してしまえば話は簡単です。
中国、日本に抑圧され続けた朝鮮半島の歴史がそこに住む人達にどのような鬱屈を与えてそれが今どのように作用しているかを話せば話は簡単かと思います。

しかし今まで私が調べた事でそれを話せばおそらく浅薄になってしまいましょう。
遠回りのようですが、吉見教授の本を細かく見ていくことにしました。
この本は現在も常に、強制連行肯定派のバイブルになっていますので、これについて暗記するほど深く読んでいくことで恨の意味がわかるかもしれません。

そういう訳でしばらく吉見義明教授の「従軍慰安婦(岩波新書)」の内容をできる限り細かく分析していきたいと思います。
参考上、「従軍慰安婦資料集(大月書店)」と秦郁彦教授の「従軍慰安婦と戦場の性(新潮選書)からの引用も多くなろうと思います。

まずこの本の構成ですが、序文から始まって
Ⅰ.設置の経過と実態
Ⅱ.東南アジア・太平洋地域への拡大
Ⅲ.女性たちはどのように徴集されたか
Ⅳ.慰安婦達が強いられた生活
Ⅴ.国際法違反と戦後裁判
Ⅵ.敗戦後の状況
終章
となっております。

まず序文から読んでいきましょう。
「問題の浮上」
73年に千田夏光が「従軍慰安婦」を刊行して、その実態の究明に挑んでいたし、従軍慰安婦の問題が今までまったく意識されていなかったわけではない。しかし、問題の重大性についての社会的関心は決して広くはなかった。
「韓国挺身隊問題対策協議会」(挺対協)などを中心とする韓国の女性運動によって問題が社会化したのである。

問題が社会化したのは吉田清治の著書と朝日新聞のキャンペーンによるものが最大なのですが、これについて触れられておらず、社会的影響が吉田に比べると小さかった千田夏光の問題が取り上げられて吉田著書について触れられていません。
これは吉田著書がフィクションであることを吉見教授も認識しておりますので取り上げる訳にはいかなかったのだと思います。
吉田の詐話が素になって顕在化した問題なのですから、それが嘘であったと判明した時点で問題はもうゼロになってしまうはずなのですが、それが解釈論になって問題が複雑化しているのが慰安婦問題のもどかしいところです。
本音を一言言うと、往生際が悪いように感じています。

挺対協について、かの協議会が主体性を持って慰安婦問題を取り上げたような記述ですがこれも違いますね。
挺対協の設立は1990年11月16日です。
既に第一次提訴が終わった後のことですので青柳敦子さんによる問題提起があってそれを受けて発足したと見るのが自然です。

日本政府が認めてこなかった証拠として何度も登場する清水局長の失言が取り上げられています。
戦後五十年間、謝罪・賠償・名誉回復・個人賠償の問題がまったく未解決のままであった理由は、何より、日本政府のこうした姿勢にあった。敗戦に際して、日本政府が組織的に公文書を破棄・隠滅したことはよく知られているが、そのため国家が関与した証拠がないとして、このような発言が可能だったのである。

よく調べずに軽率な発言をしてしまった清水局長は非難されてしかるべきですが、言葉足らずの答弁を大げさに言って問題点を転換させるのはトリックです。
この言葉でもって、吉田詐話は最初から問題ではなくて、日本政府が関与を認めてこなかったのが一番大事な問題だというような捉え方ができるようになっています。
ちょっと悪質ですね。このトリックは。

この失言を覆すものとして吉見教授が資料を出したわけですがこの資料について秦郁彦教授はこう述べておられます。
防研図書館の「陸支密大日記」は三十年前から公開されていて、慰安婦関係の書類が含まれていることも、軍が関与していたことも、研究者の間では周知の事実だった。
慰安所を利用した軍人の手記や映画やテレビドラマのたぐいも数多く、この種の見聞者をふくめれば、軍が関与していないと思う人の方が珍しかったろう。それをやや舌足らずの国会答弁に結びつけて「国としての関与を認めてこなかった」とこじつけたのは、トリックとしか言いようがない。(略)
わたしはこの頃、他のテーマで防研図書館へ通っていて、旧知の吉見氏から「発見」と「近く新聞に出る」話も聞いていたが、ニュースになるほどの材料かなあと疑問を持った記憶がある。

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2006年10月 5日 (木)

肯定派はヨリチ調書をどう見たか

Photo
アレックス・ヨリチ軍曹の捕虜尋問書を二日間紹介してきました。
これは強制連行肯定派である中央大学吉見教授の「従軍慰安婦資料集」に収められているもので、当の吉見教授はこの調書についてどう捉えているのか発言されていました。ちょっと分析してみましょう。

彼女たちは、ビルマ滞在中、将兵と一緒にスポーツ行事に参加して楽しく過ごし、また、ピクニック、演芸会、夕食会に出席した。彼女たちは蓄音機をもっていたし、都会では買い物に出かけることが許された。

この部分について吉見教授は、ヨリチ軍曹の人格に問題があったという書き方をされています。
「性向」の箇所でご紹介した部分についてのことを「明らかに女性に対する偏見があり、女性のことを信じていません」とあります。
それなら元慰安婦の言う事だったら黄錦周のような嘘話ばかりする人の事は信じているのでしょうか。

ヨリチ軍曹の調書は、女性を突き放しているような冷たい感じの書き方ですが、それを以て、書かれていることを事実ではないような印象を抱かせるのは学者としてどうなのでしょう。
と言いますか、ヨリチ軍曹の立場に立つと、慰安婦達を突き放した目で見なければ正確な業務上の調書など書けはしますまい。
日本軍とごく近いところで生活していて、日本の兵士がお客さんで生活の糧を得ていた慰安婦達。
その慰安婦達が捕虜になったらどうでしょうか?
米兵に取り入って、気に入られて、
「私たちは日本兵と一緒にいたけれど被害者だった。だから優しく扱ってほしい」
という心理が湧く方が普通ではないでしょうか。
ヨリチ軍曹は、慰安婦を突き放した視点で見なければならなかったのです。
慰安婦の言う事を信じる信じないではなく、第三者の冷たい目で書かなくてはいけなかったのです。
つまりこれは吉見教授が
「ヨリチは慰安婦に同情的ではない。だから偏った見方だ」
と言っているようなものです。

肯定派の方たちの書いているものを読むと、被害者の人権に過剰に配慮するあまり冷静さを失っているようなものがとても多いのです。
日本国家に罪があると断罪する方は、化学実験をするような冷静さで資料の検証をすべきです。
否定派にも感情的になる方はいます。例えばネット上で嫌韓厨とか言われている人達は資料も何もなくとにかく朝鮮人、韓国人を罵倒します。
肯定派にも吉田清治や植村記者のようなとんでもない人達がいます。
その一方で秦靖彦さんや吉見義明教授のような研究者も存在します。

そして、吉見教授にあって秦靖彦さんにないものは慰安婦をかばおうとする気持ちではないかと思っています。
それは一つ一つの文章のどこそこがそうだ。と言う話ではなくて、肯定派の書いたものをたくさん読むと圧力として感じられるものです。
吉見教授をはじめバウネットジャパンの松井やより代表、戦後責任論の著者の高橋哲哉教授、共産党の吉川春子議員、静岡県立大学の金両基教授・・・・・
どの方たちも実はとてもお優しい、性格のいい方々なのではないでしょうか。
ですから社会的弱者である慰安婦達に必要以上に肩入れしてしまい、それが頭脳を微妙に狂わせ、本来その方達の持っていた論理的な表現能力が変質しているのではないでしょうか?

例に出した人達について、例えば共産党の議員さんなどは自民党の失敗が自分の政党のメリットになってくるので、戦略的に日本を悪く書いているのかもしれないとも思います。
しかし日本の大学に勤める日本の教授はどうなのでしょう。ご本人が「宮沢を困らせるのがメリットになる」とか考えていたのでしょうか?
吉見教授らの根底にあるのは「男性は、女性には優しく紳士的であるべきである」
というフェミニズムではないのでしょうか。
吉見教授や高橋教授のフェミニズムは尊重します。
というかソープランドに行ったことがある私などはとてもじゃないがフェミニズムは主張できない。
しかし被害者証言の信憑性は加害者の証言以上に厳しく検証しなくてはいけないはずです。

元慰安婦の証言に信頼に足るものがなく、他に肯定できる材料がほとんどないことは今まで色んな人が言っていますが、河野談話を一度出してしまった以上しかたないというのが今までの日本でした。
しかし間違った情報を訂正する勇気も必要なのではないでしょうか?
パール判事の言葉を借りると「誤られた歴史は書き換えられなければならない」のではないのでしょうか?





と思っていたのですが10月4日のyomiuri onlineのこの報道を見る限りまだ道は遠いようです。
何とかしなくてはいけませんね。
世論の後押しで安倍首相を応援しましょう!

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20061004i112.htm

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2006年10月 4日 (水)

なぜ、恨になってしまったのか(2)

アレックス・ヨリチ軍曹の報告、続きます

「性向」
平均的な朝鮮人慰安婦は25才ぐらいで、無教育、幼稚、気まぐれ、そして、わがままである。
慰安婦は、日本的基準からいっても白人的基準から言っても、美人ではない。
とかく自己中心的で、自分のことばかり話したがる。

「美人ではない」のくだりは「余計なお世話だ!」って感じもしますね。

「生活および労働の状況」
ミッチナでは慰安婦達は、個室のある二階建ての大規模家屋に宿泊していた。
それぞれの慰安婦は、そこで寝起きし、業を営んだ。
彼女たちは、日本軍から一定の食料を配給されていなかったので、ミッチナでは「慰安所の楼主」から、彼が調達した食料を買っていた。
ビルマでの彼女たちの暮らしぶりは、ほかの場所と比べれば贅沢ともいえるほどであった。
この点は、ビルマ生活二年目についてとくにいえることであった。
食料、物資の配給量は多くなかったが、欲しい物品を購入するお金はたっぷりもらっていたので、彼女たちの暮らし向きはよかった。
彼女たちは、故郷から慰問袋をもらった兵士がくれるいろいろな贈り物に加えて、それを補う衣類、靴、紙巻きタバコ、化粧品を買うことができた。
彼女たちは、ビルマ滞在中、将兵と一緒にスポーツ行事に参加して楽しく過ごし、また、ピクニック、演芸会、夕食会に出席した。彼女たちは蓄音機をもっていたし、都会では買い物に出かけることが許された。

「料金制度」
1.兵    午前十時~午後五時  1円50銭  20~30分
2.下士官 午後五時~午後九時  3円     30~40分
3.将校   午後九時~午前0時   5円     30~40分

およそ四千倍すると現在の貨幣価値となります。

「利用日程割り当て表」
曜日ごとにどの部隊が慰安所を利用できるかを割り当てた事が書かれています。
注目すべきは最後に書かれているこの文です。
慰安婦は接客を断る権利を認められていた。接客拒否は、客が泥酔している場合にしばしば起こることであった。

「報酬及び生活状態」
料金の中で「慰安所の楼主」の取り分が50~60%であったことが書かれています。
慰安婦の取り分は40~50%ということになりますが、このサイトを見る限り現代でも似たようなもののようです。

多くの「楼主」は食料、その他の物品の代金として慰安婦たちに多額の請求をしたため、彼女たちは生活困難に陥った。
悪徳業者はこの当時も跋扈していたと認められます。

1943年の後期に、軍は、借金を返済し終わった特定の慰安婦には帰国を認める胸の指示を出していた。その結果、一部の慰安婦は朝鮮に帰ることを許された。(中略)
これらの慰安婦の健康状態は優良であった。
彼女たちは、あらゆるタイプの避妊具を十分に支給されており、また、兵士たちも、軍から支給された避妊具を自分のほうからもって来る場合が多かった。(中略)
罹患していると認められた慰安婦は全て処置を施され、隔離されたのち、最終的には病院に送られた。

「日本の軍人に対する反応」
丸山大佐が利己的で水上少将が人格者であったということが述べられています。

「兵士たちの反応」
酒に酔って、かつ翌日戦線に向かう兵士が最悪の客だったと書かれています。

「軍事情勢に対する反応」
彼女たちが一様に軍事情勢には知らされていなかったことが書かれています。

「退却及び捕獲」
退却の途中で兵士とはぐれてしまって、その後捕虜になった様子が書かれています。
はぐれていなければ戦死していたのでしょうね。

「宣伝」
当時米軍は降伏を呼びかける日本語のビラを空中から散布してましたが、彼女らがこれを読んだ形跡がないことが書かれています。

「要望」
慰安婦が米兵に
「私たちが捕虜になったのを日本軍が知ったらまだ軍と一緒に行動している仲間の慰安婦の生命が危険になるので知らさないでほしい」
と要望したと書かれています。

業者が悪徳なことをやっている事は随所で読みとれますが、私には、ビルマでの日本軍は、公平に、清潔に、組織的に慰安所を運営しようとしていたようにしか読めません。
慰安婦は官憲に有無を言わさず強制連行され、慰安所では飯場のような小さな小屋に居住させられ、接客は乱暴な客に殴られようが何しようが黙って我慢するしかなく、この世の地獄のような所というような宣伝が現在でも韓国でなされています。
この報告書を読むと、ビルマの慰安所は悪名高き他の慰安所とはまったくの別天地であるかのように読みとれます。
どちらが真実に近いのでしょうか。ビルマ以外の慰安所は全てこのような惨状だったのでしょうか。

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2006年10月 3日 (火)

なぜ、恨になってしまったのか(1)

強制連行の証拠が見つからないにもかかわらずなぜ河野官房長官は強制制を認めてしまったのかを長々と書いてきました。
結局、公権力が直接慰安婦を強制連行などということはあり得ないし、これからもそういう証拠は出てこないでしょう。
そうなると、例えば金学順さんなどは、親にキーセン小屋に売られたとハッキリ証言しているのに、なぜ執拗に日本に賠償を要求していたのでしょうかと疑問が湧きます。
もちろん吉田清治や朝日新聞の火付けがあってこそですが、強制連行がなかったのにと考えると不思議に感じます。
なぜ、朝鮮の慰安婦は被害を声高に叫んでいたのでしょうか。
なぜ日本人からほとんどそういう声が聞かれないのでしょうか。
なぜ東南アジアでは、高木弁護士らが期待したほどにはこの問題は盛り上がらなかったのでしょうか。
なぜインドネシア政府は日本政府が補償を申し出たというのに不快感を示したのでしょうか。

元慰安婦の李玉仙さんはこう発言されています。
「少女を引っ張っていって病人にしておいて、今になって自分で行ったなどと嘘をついて、これがどれほど腹が立つか、この恨をどう晴らすか・・・・」
この人達にここまでのことを言わせていたのは何だったのか考えてみましょう。

材料として、日本人でもなく朝鮮人でもない人達が、慰安婦に聞き取り調査をした資料が残っています。つまりアメリカですね。
日本を敵として戦っていたアメリカ側の調査だったら、日本側に不利な発言があれば細大もらさず記録しているはずです。ちょっと検証してみましょう。

「日本軍捕虜尋問報告 第49号 1944年10月(アメリカ戦時情報局心理作戦班」という資料です。
報告者はアレックス・ヨリチ軍曹です。

「はじめに」
この報告は、1944年8月10日ごろ、ビルマのミッチナ陥落後の掃討作戦において捕らえられた20名の朝鮮人「慰安婦」と2名の日本の民間人に対する尋問から得た情報に基づくものである。
と始まっています。報告の目的として
・慰安婦を募集するために日本軍が用いた方法
・慰安婦の生活及び労働の条件
・日本軍兵士に対する慰安婦の関係と反応
・軍事情勢についての慰安婦の理解程度
らを明らかにするためと述べています。
この順に従って各論が述べられていきます。

「徴集」
慰安婦達は1942年に朝鮮で周旋業者によって徴集されたと記載されています。
「役務」の性格は明示されなかったが、それは病院にいる負傷兵を見舞い、包帯を巻いてやり、そして一般的に言えば、将兵を喜ばせることにかかわる仕事であると考えられていた。
これらの周旋業者が用いる誘いのことばは、多額の金銭と、家族の家族の負債を返済する好機、それに、楽な仕事と新天地-シンガポール-における新生活という将来性であった。
このような偽りの説明を信じて、多くの女性が海外勤務に応募し、2、300円の前渡し金を受け取った。
前渡し金は今の貨幣価値だと100万円前後でしょうか?
甘言に誘われてやってきた人が大半だったようですが正直アダルトビデオのスカウトのやり口などと同じような感じですね。事実が全てこの通りだとすれば、騙される方が悪いのです。
勘違いしちゃいけません。騙す方と騙される方とでは、騙される方が悪いのです。
現在のお金で100万円前後のお金が前払いされるという時点で、普通の仕事のはずがないのです。
おおかたは借金のある家庭の女性だったようですから、つい甘言に引きずりこまれた事例が多いとは思いますが、現代の、カード破産とかヤミ金の被害に遭う人とそう違うとは思えません。

ともあれそのようにして集められた女性800人が1942年8月、ラングーンに上陸してビルマ各地の慰安所に配属されました。

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2006年10月 2日 (月)

河野談話分析(7) こうして河野談話が出された

1992年1月17日、宮沢首相は韓国国会で「アジアの中、世界の中の日韓関係」という演説を行いました。
「北朝鮮を孤立化させるより迎え入れた方がいいという帰国の考え方に共鳴した」とか今読むと信じられない事も仰ってますがまあそれは置いておきましょう。
公式謝罪と言われる文言は以下の通りです。

数千年にわたる交流のなかで、歴史上の一時期に、我が国が加害者であり、帰国が被害者だった。私はこの間、朝鮮半島の方々が我が国の行為により耐え難い苦しみと悲しみを体験されたことについて、改めて、心から反省の意とお詫びの気持ちを表明する。
最近、いわゆる従軍慰安婦の問題が取り上げられるが、実に心の痛むことであり、まことに申し訳なく思っている。

一国の元首としてこれ以上ないくらい謝っていると思いますが当然これでは終わりません。

「本当に申し訳ないと思うのなら、なぜ、補償などの具体的な約束を言わないのですか」
(尹貞玉 挺身隊問題対策協議会代表)

「人道主義の国だと公言する日本が、戦後処理問題について、被害者団体の実状を知り。誠意をもって精算することを要求する」
(太平洋戦争犠牲者遺族会など三団体の声明)

今まで日韓条約で解決済みとの解釈で慎重だった韓国政府も
「個人の被害補償の権利まで消えたわけではない」
(李東元元外務部長官)

以上は全て宮沢首相の謝罪当日の動きです。
その後の内外の動きを列挙します。

1992年2月1日
第六回日朝国交正常化交渉で北朝鮮から謝罪と賠償を求められる。

1992年5月
国連人権委員会の現代奴隷制作業部会「慰安婦」問題について特別報告官に情報を提供するよう国連事務総長に要請

1992年7月6日
朝鮮半島出身者のいわゆる従軍慰安婦問題に関する加藤内閣官房長官発表」

1992年8月
ソウルにて「第一回強制慰安婦問題アジア連帯会議」開催される。

1992年9月
フィリピン人慰安婦としてマリア・ロサ・ルナ・ヘンソンさん名乗り出る。

1992年12月
河順女さんら四人が強制連行されたとして山口地方裁判所下関支部に提訴。

12月9日
東京にて「日本の戦後補償に関する国際公聴会」開催される。

1993年3月
宮沢首相、首脳会談でフィリピン大統領に謝罪。

1993年4月
宗神道さん、在日朝鮮人として初めて提訴
フィリピン人被害者とされる十八人が来日して提訴

1993年5月
国際法律家委員会、慰安婦問題は日本政府に責任有りとして国連人権委員会に報告書を提出。
国連世界人権会議で出されたウイーン宣言「日本は組織的婦女暴行、慰安婦の訴追を受けるに値する」と盛り込まれる。

1993年6月
台湾でも被害者48人を確認。

1993年7月
日本政府、ソウルで被害者十六人からヒアリング調査。

1993年8月4日
慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話 。

吉田清治と朝日新聞の連係プレーが恐ろしいほどの効果を挙げています。
現在拾える話でこれだけのものがあるのですから、日本政府の中枢にいる人達にとっての当時の事を推し量ると、想像もできないほどの圧力だったことでしょう。
こんな中で「論点がすり替わっている。問題は強制制だったはずだ」など言えるものでしょうか?
宮沢首相にしろ河野官房長官にしろ、冷静な判断をする事は非常に難しかったことでしょう。

当時の官房副長官だった石原信雄さんに取材したという形で櫻井よしこさんが以下のように述べておられます。

次の疑問は、ではなぜ日本政府は、強制連行の資料がないのに、強制連行だったと認めたのかというものです。石原氏が言いました。
「精神的な名誉の問題ですから。それを日本政府が認めることでおさまると、そう言う感じでした」
これで自体が「おさまる」との感触を石原氏らは日韓政府間の複数回の話し合いを通して得たわけです。
資料はないが、日本政府が強制連行を認めるならば、この問題はこれで収めよう、以降これについては問わないと言う類の、アウンの呼吸以上の確信が相互の文言の調整のなかで、少なくとも日本側に生まれたのではないでしょうか。だからこそ、日本側は敢えて強制だったと認めたのではないでしょうか。(中略)
しかし同時に孔大使は言いました。
「日本政府が公式に強制連行を認めたのですから、やはり強制連行はあったのでしょう。ないと言うのでしたら、日本側がないということの証拠を出してくるべきでしょう」(中略)
つまり、強制連行を認めることで事態はおさまったのではなく、逆に「強制連行だった」と日本政府が認め謝罪したことを土台として、この問題が次の段階に進む可能性があるということです。
要するに、日本は外交で韓国に負けたのだ、と強く感じました。

吉田清治の詐欺本から始まったこの問題は、日本政府が世論に押され放しの感じで負けたのです。
詐欺本による問題提起、報道機関による煽り、呼応する弁護士などの民間団体、個人、学者。
政府の失策を狙う日本人達の連携は素晴らしく有機的に作用しました。
韓国側もそれに対して当然な呼応をしたのだと思います。

これは国際問題に見えて実は政府と反政府との間の国内問題だったのだろうと考えています。
政府はこれが、偶然も多分に作用したこの連携を、戦いだとは見抜けなかったのではないでしょうか。

河野談話が以上のような経緯で出されたことを約一週間かけてお話してきました。

以下は女性に対する配慮が足りない意見かもしれませんが、慰安所の設置自体がいけないことであったとは私は思っていません。
この間、色んな文献を読みましたが、世界中の軍隊で暴行や略奪は当然のように行われていました。
と言いますよりも戦争と暴行略奪は常にセットで行われたというのが、善悪を別とした人類の歴史です。
戦争自体の是非を問うのは別問題とすると、戦争がいったん始まってしまえばその手の事件を避けるのが不可能に近かったのだろうと考えます。
ですから暴行を防ぐために玄人の女性を雇用して、無辜の女性を守るという発想は、最高かどうかはわかりませんがベターな選択ではなかったのでしょうか。
もっとも吉見教授等の論によると、慰安所の設置に関わらず暴行事件は劇的に減るということもなかったという報告もあります。

問題はこの後も続きます。
マレーシア、フィリピン、インドネシアと東南アジア全体にこの騒動は続き、後継の村山首相は「アジア女性基金」を設立して問題の解決を図ります。
あくまで国家補償にこだわる組とこだわらない組とで慰安府側も分裂します。
問題の中心は国連人権委員会に移り、スリランカ人のラディカ・クマラスワミ女史の活躍をもって国際的にも日本の残虐さがアピールされます。
しかし河野談話が出された後の経緯については、これ以上述べるのは辞めておきたいと思います。

河野談話はすでに発表されてしまった日本政府の公式な見解です。
それはもう覆すのが難しい歴史ですが我々がそれに縛られすぎてはいけません。

最後に猪瀬直樹氏の言葉を引用します。
それにしてもたった一人の詐話師が、日韓問題を険悪化させ、日本の教科書を書き換えさせ、国連に報告書までつくらせたのである。虚言を弄する吉田という男は、ある意味ではもう一人の麻原彰晃ともいえないか。

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2006年10月 1日 (日)

河野談話分析(6) 朝日新聞の報道

さて1992年1月11日の朝日新聞の報道について分析してみましょう。
秦郁彦さんは著作の中で1/11と述べていますが、九州版では1/12の朝刊で報道されています。
社会面トップに「従軍慰安婦、軍が監督」とありまして「防衛庁図書館に極秘文書」「募集や慰安所を統制」「軍関与、否定できぬ」「官房長官政府答弁を転換」と見出しが続きます。

リード文の全体をご紹介します。

「日中戦争や太平洋戦争中、日本軍が慰安所の設置や、従軍慰安婦の募集を監督、統制していたことを示す通達類や陣中日誌が、防衛庁の防衛研究所図書館に所蔵されていることが十日、明らかになった。朝鮮人慰安婦について、日本政府はこれまで国会答弁の中で「民間業者が連れて歩いていた」として、国としての関与を認めてこなかった。昨年十二月には、朝鮮人元慰安婦らが日本政府に補償を求める訴訟を起こし、韓国政府も真相究明を要求している。国の関与を示す書類が防衛庁にあったことで、これまでの日本政府の見解は大きく揺らぐことになる。政府として新たな対応を迫れれるとともに、宮沢首相の十六日からの訪韓でも深刻な課題を背負わされたことになる。」

この報道は、1990年6月6日、参院予算委員会での清水局長の失言につけ込んでの主題のすり替えであることを既に昨日のエントリーで述べました。
もう少し詳しく述べます。資料を発見した吉見教授は著作の中でこう述べています。

「わたしは91年3月まで、二年間にわたってアメリカに留学していたため、このような政府答弁が問題となっていることをよく知らなかった。だが、政府答弁の虚妄はあきらかであった。
実際、わたし自身、留学まえに、日本軍が軍慰安所設置を指示した公文書を防衛庁防衛研究所図書館で確認していた。金学順の発言を聞いて、あらためてわたしは同図書館に通い、関連文書を探した。そして、隠滅を免れた六点の資料を発見し、新聞に公表することができた。」
従軍慰安婦 岩波新書より)

この件に対して秦教授はこう述べています。

「防研図書館の『陸支密大日記』は三十年前から公開されていて、慰安婦関係の書類が含まれていることも、軍が関与していたことも、研究者の間では周知の事実であった。亜韻書を利用した軍人の手記や映画やテレビドラマのたぐいも数多く、この種の見聞者もふくめれば、軍が関与していないと思う人の方が珍しかったろう。それをやや舌足らずの国会答弁に結びつけて『国としての関与を認めてこなかった』とこじつけたのはトリックとしか言いようがない。」

「わたしはこの頃、他のテーマで防研図書館へ通っていて、旧知の吉見氏から「発見」「近く新聞に出る」話も聞いていたが、ニュースになるほどの材料かなあと疑問を持った記憶がある。その後、一向に新聞に出ないので、どうしたのかなと思っていたところへ1月11日、くだんの大騒動となったわけだ。」

1990年6月の参院予算委で社会党の本山議員が質問するまでは、「慰安婦を本人の意思に沿わない形で強制連行したのか?」が主題でした。
しかしこの日以降はすっかり、質問に対して清水局長が述べた「民間の業者がそうした方々を軍と共に連れて歩いている」という部分の真偽に争点が移ってしまって話が拡散してしまいました。

日本政府の失策を狙う朝日新聞や高木弁護士等は主題は何でもよかったのです。
日本政府が失敗してそれを「日本がアジアの他の国々へ被害を与えたのだ」と言い張れればそれでよかったのだと私は考えています。
朝日や高木弁護士が今さら共産主義革命を夢見ていたとも思いません。
東西冷戦の終焉、旧ソ連の崩壊などから共産主義革命が非現実化してくるにつれて、政府への攻撃は、共産主義革命という目的が先にあっての「革命のための攻撃」から「攻撃のための攻撃」と変質してしまったのだと考えています。

私が今でも出入りする日韓翻訳チャットの先輩から、下のようなページを教えていただきました。
(苛烈な表現が多いので覚悟して見て下さい)
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=ttalk&page=5&nid=433120
冒頭に掲げてある資料自体は吉見教授の著作を見てみると確認できるもので目新しいものではありません。
注意してみていただきたいのは日韓の意見がすれ違っている点です。
応酬をよく見てみると日本側と韓国側の論点は完全に違います。
日本人は主に「強制連行じゃないだろう?業者が求人募集をしているんだろう?」と発言しているのにたいし韓国側は「日本が関わっていたことは間違いないんだから言い逃れをするな!」という主旨の発言が多いのです。

このように、論争の主題が途中から歪められた形でこの慰安婦問題はエスカレートしていきます。
エスカレートの具合をまた次回より紹介していきます。

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