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2006年9月30日 (土)

河野談話分析(5) 清水局長の失言

さて慰安婦問題 第二次提訴からの推移です。

1991年
・12月11日
金学順さんらが参加した第二次訴訟を受けて、加藤紘一官房長官、記者会見で「政府が関与した資料が見つかっていないので今鋭意調べている。」とコメント。

1992年
・1月11日
朝日新聞、中央大学吉見義昭教授の発見した資料を以て
「慰安所、軍関与示す資料"民間任せ"政府見解揺らぐ」と報道。

この話には伏線がありまして、1990年6月6日の参議院予算委員会での出来事に始まります。
この日から「強制連行」という言葉の意味が変わって「広義の強制連行」についての論争が始まったと言っていいかと思います。
以下がその予算委員会での質疑です。

社会党本山昭次議員:それから、強制連行の中に従軍慰安婦問題という形で連行されたという事実もあるんですが、そのとおりですか。

清水伝雄労働省職業安定局長:徴用の対象業務は国家総動員法に基づきます総動員業務でございまして、法律上各号列記をされております業務と今お尋ねの従軍慰安婦の業務とはこれは関係ないように私どもとして考えられます。

本山:これは是非とも調査の中で明らかにしてもらいたい。できますね、これはやろうとすれば。

清水:従軍慰安婦なるものにつきまして、古い人の話等も総合して聞きますと、やはり民間の業者がそうした方々を軍と共に連れて歩いているとか、そういうふうな状況のようでございまして、こうした実態について私どもとして調査して結果を出すことは、率直に申し上げてできかねると思っております

坂本三十次官房長官:本件につきましては。政府は労働省を中心に関係省庁協力して調査いたしますので、なおお時間をいただきたいと思います。

清水局長に他意はなかったのでしょうけれども、政府の失策を狙う左翼勢力に致命的なつけ込みどころを与えてしまいました。
それまでは強制制が問題でした。吉田詐話から始まった、旧日本軍が朝鮮人婦女を拉致して回るなどの無法行為があったのかなかったのか?というのが問題だったのですが、この清水局長の発言から、話の性質がすり替わってしまったのです。
すなわち、日本軍が関係していたのか?いなかったのか?
慰安婦が慰安所に連れて行かれるまでは色々な事情があったようです。
業者に騙された。親に売られた。色々あったでしょう。しかし軍人が騙して連れて行った、軍人が泣き叫ぶ女性をトラックに乗せて連れて行ったなどという事例はありません。
(注意:インドネシアで行われた軍人個人による暴走行為は含めません)
しかしこの清水局長発言から、そのいずれの場合でも
「でも日本軍が関与してたんだから責任は日本軍にある」
という問題に本質が変わってしまったのです。
左翼勢力の攻撃をかわす立場であった日本政府としては痛恨のミスと言えましょう。

・1月13日
加藤官房長官、福岡市内のホテルで「最近の民間資料や防衛庁の資料などからみると、かつての日本軍が関係していた事は否定できない段階にきている」とコメント。

すでに問題が強制制から離れ始めています。

・1月16日
宮沢首相韓国訪問。ソウルでは日の丸を焼くなどの抗議行動が相次ぎ狂乱状態。
謝罪を繰り返し、真相究明を約束。
・7月6日
朝鮮半島出身者のいわゆる従軍慰安婦問題に関する加藤内閣官房長官発表。

朝鮮半島出身のいわゆる従軍慰安婦問題については、昨年12月より関係資料が保管されている可能性のある省庁において政府が同問題に関与していたかどうかについて調査を行ってきたところであるが、今般、その調査結果がまとまったので発表することとした。調査結果について配布してあるとおりであるが、私から要点をかいつまんで申し上げると、慰安所の設置、慰安婦の募集に当たる者の取締り、慰安施設の築造・増強、慰安所の経営・監督、慰安所・慰安婦の街生管理、慰安所関係者への身分証明書等の発給等につき、政府の関与があったことが認められたということである。調査の具体的内容については、報告書に各資料の概要をまとめてあるので、それをお読み頂きたい。なお、許しいことは後で内閣外政審議室から説明させるので、何か内容について御質問があれば、そこでお聞きいただきたい。
 政府としては、国籍、出身地の如何を問わず、いわゆる従軍慰安婦として筆舌に尽くし難い辛苦をなめられた全ての方々に対し、改めて衷心よりお詫びと反省の気持ちを申し上げたい。また、このような過ちを決して繰り返してはならないという深い反省と決意の下に立って、平和国家としての立場を堅持するとともに、未架に向けて新しい日韓関係及びその他のアジア諸国、地域との関係を構築すべく努力していきたい。
 この問題については、いろいろな方々のお話を聞くにつけ、誠に心の痛む思いがする。このような辛酸をなめられた方々に対し、我々の気持ちをいかなる形で表すことができるのか、各方面の意見も聞きながら、誠意をもって検討していきたいと考えている。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/kato.html

1993年
・8月4日 慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話
内容は過去エントリーで紹介しておりますのでリンクだけに留めておきます。

この間の推移について次回から詳しく述べていきます。
色々文献集めて読んでますがそれぞれかなりの量があるのでどれを取捨選択してお伝えすればいいか迷ってしまうほどです。
できれば、年表にしてしまうと見えにくくなってしまう出来事と出来事の間の推移を調べてお話したく思います。
逆に「慰安婦問題のここはどうなってるのか?」と言った所をご指摘いただいてそこをご報告もできますので何かあればぜひ教えて下さい。

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