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2006年9月27日 (水)

河野談話分析(4) 吉田清治の詐話

ここで、現在日本大学講師の秦郁彦さんにご登場願いましょう。
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慰安婦問題で日本全土が吉田清治に騙されていた時、日本全土が朝日新聞に騙されていた時、この秦教授はそれに屈せず色々と精密な調査をされています。
孤立無援の中でそのような調査を行うこと自体が「慰安婦に対する侮辱だ!」などという声が挙がることでしたので、さぞご心労が多かったのではないでしょうか。
ともあれそういうご苦労の中、「慰安婦と戦場の性(新潮社)」という大変な労作を残されています。

日本人の名誉を守っていただいた事に感謝して紹介させていただきます。
取り上げますのは「第七章 吉田清治の詐話」です。

吉田の著書に疑問を感じた秦教授はまず著者である吉田本人に面会を申し入れます。
面会は断られたものの電話で二回に渡って話をすることができました。

「西部軍→知事→警察署長→吉田という命令系統はあり得ないのでは?」と質問した秦教授に対して吉田は平然と
「戦時中はすべてが超法規的だった」とうそぶきます。
軍隊経験のあるご老人が読者の中におられたら、如何にあり得ない事なのかわかっていただけると思います。

「二作目の中に『妻の日記』という記述が昭和十八年のこととしてあるが、一作目では結婚は昭和十九年とあるが?」
「事実上の結婚と入籍の届け出がずれただけだ」
「では事実上の結婚はいつか」
「昭和十六年だ」
「貴方は昭和十五年から十七年まで入獄しているが?」
「妻は死んでいるので調べようがない」
「発言の裏付けを取りたいので胸腺連行に携わった元部下を紹介してくれ」
「迷惑がかかるので教えられない」

まるで子どもの言い訳のようです。

「済州島の貝ボタン工場にて女性を拉致して回ったと」いう記述を元に秦教授は1993年済州島にて聞き取り調査をします。
しかし島民達に「でたらめだ」と一蹴されるわ済民新聞の記者に怪訝な顔されるわで大変な調査だったようです。
帰国した後秦教授は調査結果を産経新聞や「正論」に掲載します。
その後朝日新聞が吉田清治を取り上げる事はなくなりました。しかし訂正は未だにしていません。

秦教授の詳細な調査が日本国内で知れ渡ると、強制連行肯定派の重鎮である中央大学吉見教授もこのように述べます。
「私たちは1993年五月に吉田さんを訪ね、積極的に反論するよう勧めた。(中略)吉田さんは、日記を公開すれば家族に脅迫などが及ぶことになるのでできないと答えた。
そのほか回想には日時や場所を変えた場合もあるとのことだった。そこで、私たちは、吉田さんのこの回想は証言としては使えないと確認するしかなかった。」
肯定派にも匙を投げられてしまっています。

1996年にまた秦教授は電話で吉田と話し合います。
「済州島の慰安婦狩りの情景は実際には全羅南道でのできごとだった」
「では全羅南道での話は真実か?」
「いや、全羅南道の被害者に迷惑がかかるといけないので他の場所での話が混ぜてある」

秦教授はここで「それ以上問いただす気力を失った」と感想を述べておられますが、これは秦教授じゃなくても脱力します。

その後、週間新潮のインタビューで吉田はこう言います。
「秦さんらは私の書いた本をあれこれ言いますがね。
まあ本に真実を書いても何の利益もない。事実を隠し、自分の主張を混ぜて書くなんていうのは、新聞だってやることじゃありませんか。チグハグなぶぶんがあってもしようがない」

真面目な新聞社はいい面の皮です。
1998年の秦教授と吉田との電話での会話です。
「『あれは小説だった』と声明を出してはどうか?」
「人権屋に利用された私が悪かった。しかし私にもプライドがあるし、このままにしておきましょう」

「このままにしておきましょう」だと!!???

お前のおかげで無用な贖罪意識を持たねばならなかった日本の子ども達にすまないと思わないのか!
お前のおかげで韓国で八回も謝罪せねばならなかった宮沢首相にすまないと思わないのか!
お前のおかげで謝り続けた細川首相、村山首相、橋本首相、果ては天皇陛下にまで謝罪をさせて良心は痛まないのか!
何より、過去は過去として静かに暮らしていた元慰安婦の女性達の人生をムチャクチャにしたことを人間としてどう思うのか!
「私にもプライドがある」だと?ふざけるな!!!

右翼の方がよく作っている「国賊リスト」というのがありますが、その方たちの気持ちが段々わかってきました。
国賊とは吉田清治のような動物に対してふさわしい言葉です。

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コメント

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投稿: FrederickUrsula25 | 2012年6月27日 (水) 07時14分

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