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2006年9月 2日 (土)

朝鮮半島の歴史(4)

03 「1910年に日本が大韓帝国を併合した可否は様々だが国際法違反とは言えない」
という所まで行きました。

さて併合後です。
よく韓国人から聞く意見は
「日帝は韓半島の資源や土地を収奪した!悪逆非道だ!」
というものがあります。
実際はどうだったのでしょうか?

朝鮮総督府が算出した朝鮮半島でのお金の収支を示す表があります。
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thistory&nid=1678618

歳入が歳出を上回った期間はありません。
この資料を捏造だと言う人もきっといます。
しかし併合前の朝鮮にダムがありましたか?
鉄道がありましたか?
デパートが、水道が、学校が、病院がありましたか?

収奪しようとする植民地に35年間に渡ってこんな投資を続けた国などありますか?
まずもって絶対存在してません。

資源について言いますと、当時の朝鮮は鉄、砂金が少々取れたようですが、とても収奪の対象になるレベルではありません。
翻って言うと、もし北朝鮮がイラクのように豊富な資源があったなら、七月の国連決議の姿は変わって、今頃アメリカは戦争準備を進めていることでしょう。

シャルル・ダレの「朝鮮事情」の中にこのような文章があります。
「両班は世界中でもっとも強力にして傲慢な階級である。彼らが強奪に近い形で農民から田畑や家を買うときは、ほとんどの場合、支払いなしですませてしまう。しかも、この強盗行為を阻止できる守令(知事)は一人もいない」
両班というのが当時の大韓帝国の貴族階級の呼び名ですが、おおむね私腹を肥やすのに熱心だったようです。

どこで読んだか不確かですが、農作業をさぼってばかりの朝鮮の農民に
「なぜそんなに働かないのか?」と日本人が問いました。
すると「収穫を上げてもどうせ両班に持っていかれるだけだ」
との答えが返ってきたと言います。

自分達のやってきた非道な事を日本人の仕業にして後世の人に教育する手段は、韓国と中国とはよく似ています。
詳しいことはまた後日に書くつもりですが、自分達の国で行った拷問の写真を捏造して
「日本の仕業だ!」としている例は枚挙に暇がありません。
今日本に流布している「日本は強欲だった!」という評判は、日本によって特権を奪われた両班階級が腹いせのために流したデマゴギーが原型になっていると思っています。

今日の最後はキム・ワンソプさんの言葉で締めます。

「死亡当時、すべての朝鮮人にとって呪いの対象だった閔妃が、今になって自主独立の殉教者として華麗に復活した現象は、韓国人が直面しているアイデンティティーの混乱を端的に示すものだ。
 韓国人が朝鮮王朝を慕い、日本の統治を受けず朝鮮王朝が継続したなら、もっと今日の暮らしが良くなっていると考えるのは、当時の朝鮮の実態についてきちんと分かっていないためだ。
 特に子供と青少年は、きれいな道ときれいな家、整った身なり、上品な言葉遣いのテレビの歴史ドラマを観ながら、朝鮮もそれなりに立派な社会で、外勢の侵略がなかったならば、静かで平和な国家を保てたろうと錯覚する。
 しかし日本が来る前の朝鮮はあまりに未開で悲惨だったという事実を知らねばならない。」

http://www.amazon.co.jp/gp/product/479421152X/249-5622535-9236368?v=glance&n=465392

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