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2006年9月26日 (火)

河野談話分析(3)  植村記者らのこと

前日のエントリーに書いた数人の日本人について突っ込んで調べてみました。

Yoshida

吉田清治
1913年10月15日生まれ。日本の元軍人。福岡県(山口県とも)出身。本名吉田雄兎。
1947年、下関市議会議員選挙に日本共産党から立候補し落選。1977年、『朝鮮人慰安婦と日本人』(新人物往来社)を出版。その中で、第二次世界大戦中に日本軍人が朝鮮の女性を強制連行し慰安婦にしたと証言。1982年には第一次樺太朝鮮人裁判で朝鮮人の奴隷狩りを証言。1983年、従軍慰安婦問題への関心を高めた『私の戦争犯罪―朝鮮人強制連行』(三一書房)を上梓した。その後も朝日新聞・しんぶん赤旗などで自身の「戦争犯罪」の告白を展開。韓国にも赴き、講演と謝罪を繰り返した。
しかしその「慰安婦狩りを行った」という証言について秦郁彦が済州島まで赴き、現地調査したところ明確な裏付けは取れなかった。当時を知る島民は「この島で人間狩りが起こったら大騒ぎになって誰でも知っているはずだが、そんな話は聞いたことすらない」との証言をしている(詳細は秦の著書である『慰安婦と戦場の性』を参照)。
しかし尹貞玉(元梨花女子大学教授)が1993年に同島で調査を行ったとき、島民の強い抵抗の中で一人の被害者と推定される証言者が名乗り出た。だが、周囲からの本人への説得と制止によって、それ以上証言をとり続けることを拒否された。そのため、吉田清治証言の裏付けは取れなかったが、吉田清治証言を否定する証拠もない。
さらに平成8年(1996年)5月29日付の週刊新潮インタビューで、関係者に迷惑がかからないように記述をカモフラージュした部分があると認めた。吉田清治証言は根拠のない嘘とは言えないものの、「時と場所」という歴史にとってもっとも重要な要素が欠落したものとして、歴史証言としては採用できない。

千田夏光
(1924年8月28日~2000年12月22日)
日本の作家。現中華人民共和国の大連生まれ。
1973年、「従軍慰安婦 正編」を上梓し、その中で”従軍慰安婦”という造語をはじめて使用した。その後も日本の”戦争犯罪”の告発に力を尽くした。
その著書である「従軍慰安婦」の中であたかも原善四郎(関東軍参謀)に面会し、「慰安婦を八千人連行した」との証言を引き出したかのような記述がある。しかし、実際には千田が原に面会した事実はない。千田は他の書物の記述を引き写したのみで、嘘を書いたことを認めている。よって原証言に関して、その記述には一切の信頼性は認められない。
「“従軍”慰安婦」という言葉の創案者としてよく知られている。
また、現在も韓国で続いている女子挺身隊 (工場などへの勤労奉仕隊) との混同も、彼の著書から始まったものだと言われる。

植村隆
1958年高知県生まれ。早稲田大学政経学部卒。1982年朝日新聞入社。千葉支局、テヘラン支局長、ソウル特派員、外報部デスクなどを経て、現在中国総局記者。学生時代より韓国に関心を持ち、朝日新聞入社後、延世大学(韓国)語学堂に留学。
著書として「マンガ韓国現代史 コバウおじさんの50年」(角川書店)「ソウルの風の中で」(社会思想社)がある。
彼の妻の母親は、前日のエントリーで述べた「太平洋戦争犠牲者遺族会」の会長である。

青柳敦子
1952年生まれ、福岡県出身。九大薬学部卒。1985年、宋斗会氏に出会い、初めて、在日朝鮮人の歴史的経緯と国籍問題、樺太に朝鮮人が置き去りにされていること、朝鮮人が戦場に動員されたことを知る。以来、宋斗会氏の指導の下で、在日朝鮮人の日本国籍確認訴訟、光州千人訴訟、浮島丸訴訟などの戦後補償裁判に取り組む。家族は夫と二男一女。主婦。

吉田清治などはかなり有名なので大体知っている情報ばかりでしたが、植村隆記者の奥さんが遺族会の会長の娘だったというのは驚きました。この記者は自分の身内を応援するために虚偽の内容を報道し、日本国民を事実に基づかない自虐の海に引き込んだのです。
金学順さんが嘘つきだと言われてしまう状況を作り出し、金さんの人生の最後をメチャメチャにしたのみならず、多くの日本の子ども達の心を自虐意識に染めてしまいました。
貴方は下に引用する子ども達の書いたものを読んでどう思われますか?

 「可哀想っていうよりか、何で? どうしてこんなことすんの? って感じだった。極端(!?)かもしれないけれど、私は初めて日本人として恥ずかしく思った。金学順さんのいう通り、あったことはあったと言うべきだ!!隠すなんて感じが悪いし、朝鮮の人たちを侮辱していると思う。そして、たくさんの朝鮮の人達の人生を台無しにしてしまったことを日本は深く反省して、これからもその罪を償っていくべきだと思う。」

 「あったことはあったと言うべきだ。もちろん金学順さんが本当のことを言っているとは言い切れないが、ウソをついてまでこんな恥ずかしいことを言うワケがない。日本政府が裏でこんなことをしていたんだ。このままじゃムリヤリ慰安婦にされた人が浮かばれないちゃんと謝って金学順さんやすべての墓に行ってやるべきだ。あったことはあったと言ってこそ日本は発展していくと思う。」

 「私は、朝鮮の人がたくさん殺されたりしたことは知っていたけど、慰安婦にされた人がいたことは初めて知りました。金学順さんの証言を聞いて、改めて日本は本当にひどいことをしたんだなと思った。慰安婦は金学順さんみたいに、心の傷が一生残るし、自分がした事実を隠そうとする日本は最低。ちゃんと教科書にも載せて事実を若い人たちにも知らせたほうがいいと思う。慰安婦の人たちにも謝罪してほしい。」

 「学校でこの話を聞くまでは、あんまり真剣に考えていなかったけれど、この事実は残していかなきゃダメだと思う。日本の良い過去は残して、都合の悪いのは消すなんておかしい。そんなことをしていたら慰安婦だった人にもうしわけない。その人たちは、わたしらが想像もつかないほどの嫌な思いをしてきたのに、それが今から何年かたったら、その存在すら消されてしまうんですか。慰安婦の人でも、自分は慰安婦だったって言えない人がほとんどだけど、金さんの話を読んでいたら、やっぱり日本でこのことを消したらダメだと思う。金さんたちに謝ることは大切だけれど、それと同時にこの事を教科書に残して、あたしらよりも後の世代の子にも、この話を知って考えてほしい。」

 「プリントを読んで、金学順さんは、日本に痛い目にあわされて、それで大事な家族もみんないなくなってしまって、かわいそうで悲惨だったなと思う。同じ日本人だけど、なぜこんなことをしたんだろうと思う。金学順さんだけじゃなくて、もっといっぱい同じ事をされた人たちが、まだいっぱいいたと思うからすごく悲しいです。もし、学校でこういう学習をしなかったら、ずーっと知る機会ないと思うから、こういうあったことはちゃんと学習していったほうがいいとおもいます。」

 「私は、金さんの『このハンを抱えたままで死んでいくでしょう』という言葉が、すごく涙がこみあげてきそうな気持ちになった。何もしていないのに連れて行かれて、言葉でいえないようなことをされて、心も体もボロボロにされた。そして、したのが、私達の国の日本がしたなんて、もう、言葉も出ないよ。同じ日本人として恥ずかしい。昔の人で、そのときの状態とかあると思うけれど、そんなんいいわけにはならないよ!!それは絶対にしてはいけない。昔の人は、女はどうしても男に力では勝てない、男には弱いって知っててそういうことをしたなんて許せない。同じ女として、すごい、ものすごい腹が立つ。私はまだ中学生で、社会に出てなくてて、なぜ慰安婦のことを書かないのか、なぜ謝罪しないのか、くわしくは知らない。よく分からないけど・・・。そして私は慰安婦やそのとき殺された人たちのこととか、すごく怖くてあまり聞きたくないけど、聞かなくちゃいけないことだと思う。二度とこんな過ちがおこらないように・・・。」

 「罪を許すことは、それ自体罪だから消えることはないし、隠すことはできない。金順学さんや、たくさんの女の人の心の傷と同じように・・・。消せないし、隠すこともできないならどうすればいいのだろう。受け入れる? 背負って生きていく? 一人で苦しみながら、いやされることのないまま死んでいくの? そんなのはひどすぎる。だから、みんなで受け止めないと。二度とくりかえさないように。人間はいつか死んでしまうけど、事実は消えたりしない。事実は消えたりしない。故意に一部分だけ消されてしまうなら、それ以外の事実も必要なくなってしまう。」

これらは全て植村記者の捏造記事から生まれた、事実に全く基づかない誤解から来た感想です。
このような歴史教育をされた子ども達こそが被害者ではないのですか?
小中学生の頃にこのような誤解を頭に深く植え付けられてしまうとそこから抜け出すのはもう困難です。
日本軍が現実にそのような強制連行をしたのなら、心から恥じ入ってお詫びの気持ちを持つことは絶対に必要だと思います。
しかしそれが、印税欲しさの嘘ばかりで固めた本が元だったらどうですか?
身内の民族運動を支援するために作られた捏造記事が元だったらどうですか?
貴方が子どもの親だったらこのような情報操作が子どもに対してなされていることに何も感じませんか?

ここで西岡力氏の著作より引用をいたします。

十一日付けの記事を書いたのは植村隆記者だ。彼は朝日新聞から派遣されて語学留学までした韓国語の使い手だ。その植村記者が、彼女が何を語っているのかわからなかったわけがない。知っていながら意図的に「キーセンとして売られた」という重大事実を伝えず、そのかわりに「『女子挺身隊』の名で連行」などというまったくの捏造報道を行ったのだ。
植村記者は日本政府を相手に賠償を求める裁判を起こした「太平洋戦争犠牲者遺族会」の女性幹部(当時の常任理事、現在は会長)の娘と結婚している。元慰安婦の証言について第一報を書けたのも、義理の母からの情報提供によるのだろうが、朝日新聞は事実を歪曲した重大な誤報を載せて、記者の親族の裁判を応援したことになる。
日本が戦前朝鮮人従軍慰安婦を強制連行したという重大な誤解が内外に広まるのは、この植村記者の誤報などで日本での自虐派の運動が勢いづき、同年十二月に日本政府を相手に裁判が起こされ、それを朝日新聞などが大々的に報じたことを大きな契機にしていることは関係者にはよく知られている。
筆者は翌92年4月号『月刊文藝春秋』と同年出版拙著『日韓誤解の深淵』でこの点について詳しく書き、朝日新聞に訂正を求めたが、現在に至るまでもそれはなされず、それどころか植村記者はその後、ソウル特派員を経て現在、北京特派員として継続して韓国・朝鮮問題について記事を書き続けている。
朝日新聞はNHKの番組などについて取材する前に、まず自社が慰安婦問題についていかに誤報したのかを検証すべきだ。

(『朝日新聞にまず問いたいこと』より)

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コメント

植村記者、哀れ……。という気もする。オリジナルの原稿とかあれば、また話が変わるかも。

朝日新聞社と、その他のアサヒ系列メディアの確執、朝日新聞社内の派閥政治、上層部と現場、編集部の確執、内ゲバは有名。結果として記者の書いた原稿が書き換えられ、掲載される頃には180度内容が変わってしまうこともままあるそうで。

投稿: alphonse | 2006年9月27日 (水) 15時44分

alphonseさん
コメントありがとうございます。

>朝日新聞社と、その他のアサヒ系列メディアの確執、朝日新聞社内の派閥政治、上層部と現場、編集部の確執、内ゲバは有名。

朝日の内部がそんなひどい事とは知りませんでした。
もっと詳しい状況をご存じでしたら教えていただけませんか?

投稿: 代吉 | 2006年9月27日 (水) 18時18分

ちと記憶があいまいな部分もあるので、一度調査してから
うpしまする。

投稿: alphonse | 2006年9月28日 (木) 07時24分

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