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2006年9月16日 (土)

廬溝橋事件(2)

1900

事件の事を掘り下げようとすると、当時の中国の情勢を話さなければ理解できません。
みなさんは「国共内戦」って言われてすぐ内容がピンと来ますでしょうか?
私はさっぱりピンと来ませんでしたので調べました。
教科書の内容をちょっと上乗せするだけですが我慢して読んでいただければと思います。

阿片戦争に端を発する清への列強の植民地化はすさまじいものでした。
上の図は当時の中国の支配図です。
(参照:http://www007.upp.so-net.ne.jp/snakayam/topics_28.html

・ ロシア:北京以北すべて
・イギリス:江蘇省、安徴省、淅江省、湖北省、香港
・フランス:広東省、広西省
・ドイツ:山東省
・ ポルトガル:マカオ
怖いですね。明治維新が失敗していたら日本もこのようになっていた可能性が高いのです。

さてこんな状態で中国の国民が怒らないはずはありません。
バラバラにですが「欧米の干渉を招かない中国を作ろう!」と民衆が決起しました。
民衆じゃなかったりするものもありますが以下の勢力が複雑に絡んで中国は内戦状態に入りました。
・溥儀皇帝を中心とする清朝
・袁世凱を中心とする北洋軍閥政府
・北洋軍閥の分派、憑国璋らを中心とする直隷派軍閥
・北洋軍閥の分派、段稘瑞らを中心とする安徽派軍閥
・北洋軍閥の分派、張作霖、張学良を中心とする奉天派軍閥
・毛沢東を中心とする中国共産党
・孫文→蒋介石を中心とする中国国民党
複雑で訳がわかりません。

このうち国民党と共産党とは比較的相性がよく
1924年に「第一次国共合作」という同盟が組まれました。
しかし1925年に孫文が病死し、国民党の指導者が蒋介石になると様相が変わってきます。
共産主義者との同盟を快く思わない蒋介石は1927年、上海クーデター事件を起こして共産党員を弾圧します。
これ以降国共合作は解消され、1927年から1937年は国共内戦の時代と呼ばれています。
蒋介石率いる国民党軍はこの上海クーデター他により共産党を駆逐し、1928年には北京にあった北洋軍閥政府を倒します。
それを受けて国民党は同じく1928年に南京に首都を定めて国民党政府を樹立します。
共産党は各地でゲリラ化することによって国民党に対抗しますがかなりの劣勢と言えました。

ここで共産党軍が「日本軍をして国民党と戦わせれば我が軍に有利になる」と考えても無理はないと考えています。

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