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2006年9月 2日 (土)

朝鮮半島の歴史(2)

さて日韓併合までの朝鮮半島の歴史を簡単に述べました。
さて日韓併合です。本題です。
人類史上最悪の植民地支配と言われているPhoto_1 らしい日韓併合です。

最初の写真はソウルにある、李氏朝鮮時代に建立された南大門という建物です。
非常に古い木造建築物として有名なのですが、左の写真は1897年撮影。
右は、正確にはわからなかったのですが1930年代でしょう。
日本併合化のソウルはこのように町並みが変わっていったのです。
興味のある方は併合前後の写真がたくさんありますのでどうぞ↓
http://photo.jijisama.org/index.html

日本は朝鮮の人々を搾取するために併合を行ったと思っている人、いませんか?
とってもとっても違います。
日本人は朝鮮の人達と一緒にロシアに立ち向かおうとしたのです。

言いにくい事ですが朝鮮は併合の時までは日本の奈良時代レベルの未開社会でした。
儒教社会の持つ停滞しやすい性格が原因なのか、清の搾取が原因なのか、朝鮮民族のケンチャナヨ精神が原因なのか、そのどれもが当てはまるのか、現時点で私も単純に断定はできません。
(ケンチャナヨっていうのはハングル語で『気にしない』って語感ですね)
とにかく当時の大韓帝国は世界有数の最貧国だったのです。
そして、放っておくと早晩ロシアが占領してしまう国だったのです。

昨日の日記にロシアの南下指向について書きました。
当時の日本人がロシアに対して持っていた恐怖感は現代の私たちにはとても想像できません。
無遠慮で国際ルールを守らない軍事国家、それも世界最大の陸軍国が朝鮮半島という軍事空白地帯のすぐ後ろにいるのです。
今私たちが北朝鮮に抱いている感覚よりはるかに恐怖だったことでしょう。

日本は朝鮮の自力での近代化を随分支援したと思います。
福沢諭吉、渋沢栄一らは朝鮮の近代革命を目指す金玉均を、私財をなげうって支援しました。
甲斐あってクーデターが一時成功しますが結局、ロシアに事大しようとする閔妃に敗れ、日本に亡命しますがやはり閔妃に暗殺されてしまいます。
この閔妃という女性は当時の朝鮮国王の妃なんですが、かなり頭の回る女性だったようです。
しかしロシアを頼って国を守ってもらおうなんて、あなた泥棒に自分の家守れと(略

とにかく、金玉均のクーデター失敗後、朝鮮の自力での近代化は無理と日本側は判断しました。
幕末の英雄である勝海舟は、「今に朝鮮に西郷隆盛のような者が現れる」と期待しながら「そろそろ現れそうなものだが・・・」と言いつつ死んでいきました。
金玉均を支援した福沢諭吉は、朝鮮という存在全てに望みを失い「脱亜論」を書き記しました。
http://www.chukai.ne.jp/~masago/datuaron.html
日本が、「朝鮮は自分達が面倒を見ねばどうにもならない」と思わざるを得なかった事が両国の不幸の始まりです。

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