« 米下院、慰安婦問題についての動き | トップページ | 河野談話分析(2) 初期経過 »

2006年9月24日 (日)

河野談話分析(1)

慰安婦問題を調べていて思いますのが、民族の自尊心に関わる問題ですので、決して日韓両国が同じ認識に立つことはあり得ないということです。
以下は終戦後、米軍が進駐してからの日本の状況ですが、国際法上の違反がなくとも同胞女性に酷い目に遭わせた米兵個人に日本人として怒りを感じます。

日本政府はどのようにして占領軍を迎えたらよいか全く予測のできない状況の中で、米軍から次々に出される命令に対応してきました。東京では8 月28 日に内務省や警視総監了解の下に売春業者たちによって「RAA」(特殊慰安施設協会)が設立され、最初の慰安所「小町園」が大森に開設されました。そこに集められた慰安婦は約30 人でした。
慰安婦たちは、「お国のために日本女性を守る性の防波堤」になるという悲壮な決意の下に、RAA 幹部たちが発する涙のバンザイの連呼に送られてトラックで小町園に到着しました。最初の「お客」(米兵)は早くも28 日の夜現れたそうです。
しかしながら、これは充分な性の防波堤にはなりませんでした。占領軍が進駐した地域では慰安所があっても米兵によるレイプ事件が8 月30 日から頻繁に起りはじめました。基地周辺の家々は軒並み米兵に踏み込まれて、男たちは縛られるかピストルを突きつけられる間に女たちがレイプされるのです。白昼公道において婦人牧師が押し倒されて公衆の前でレイプされましたが、だれも助けようとする人はなく、みな足早やに逃げ去ったこともあります。道を歩いている娘や人妻たちを後ろからジープが来て拉致して、淋しいところでレイプした例も少なからず発生しました。昼も夜もそれは起りました。米軍基地に勤務する女性たちは基地の内部でも外部でも目をつけられて頻繁に辱しめられましたが、私の場合と同じように家族を餓死から救うために勤務を辞めることができず、耐え忍んでいました。

(キリスト教団体「日本のためのとりなしの会」ニュースレター2001年5月号より)

しかし私たち日本人は率先して範を作るべきです。
私がこの「小森園」の関係者だったら冷静な思考になることは不可能かもしれません。しかし日本国民が100人が100人とも感情で歴史を語ってしまうと、日本は亡国への道を歩む事になるでしょう。
私たち日本人は、同じアジアでも大陸の文化とは違う「過去を水に流す」という精神風土を持っています。
功罪双方併せ持つ風土ですが、私たちはこの精神を以て、原爆を始めとする米国の横暴を冷静に淡々と分析するべきです。
そしてその分析を行うことで、中韓の言う「歴史観の共有」という作業はこういうものであるとの一つの模範を作ることができると考えます。

さて歴史を感情的に分析してしまった悪例として平成5年の河野官房長官の慰安婦に関する談話があります。

慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話 (平成5年8月4日)
 いわゆる従軍慰安婦問題については、政府は、一昨年12月より、調査を進めて来たが、今般その結果がまとまったので発表することとした。
 今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。
 なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。
 いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。また、そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。
 われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。
 なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/kono.html

この談話が、如何に感情によってねじ曲げられた、亡国に繋がりかねないものであったかを明日から分析したいと思います。

何かを感じたらクリックお願いします→Banner2_7

|

« 米下院、慰安婦問題についての動き | トップページ | 河野談話分析(2) 初期経過 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/151026/3556757

この記事へのトラックバック一覧です: 河野談話分析(1):

« 米下院、慰安婦問題についての動き | トップページ | 河野談話分析(2) 初期経過 »